ボクシングのWBCトリプル世界タイトルマッチが8日、東京・両国国技館で行われ、バンタム級では王者の山中慎介(帝拳)が挑戦者の同級1位マルコム・ツニャカオ(フィリピン、真正)に12R1分57秒TKO勝ちを収め、3度目の防衛に成功した。日本人対決となったフライ級は挑戦者の八重樫東(大橋)が王者の五十嵐俊幸(帝拳)を3−0の判定で破り、ミニマム級に続き、飛び級での2階級制覇を達成した。スーパーフェザー級では挑戦者の同級10位・三浦隆司(帝拳)が9R1分21秒TKOで王者のガマリエル・ディアス(メキシコ)を下し、初の世界ベルト奪取に成功した。
(写真:最終12R、山中が3度目のダウンを奪い、試合を決める)
<山中、王者の成長>

 3Rに得意の左が炸裂し、2度のダウンを奪う。KO寸前まで挑戦者を追い込んだ。早期決着の予感が場内に漂っていた。

 だが、ここからツニャカオが驚異の粘りをみせる。35歳の元WBCフライ級の世界王者は、この試合に進退をかけていた。山中の左を警戒しながら、長い腕を回しての右フック
が次々とヒット。7Rには王者のマウスピースを飛ばす場面もあった。

「今までの山中だったら慌てていた」と帝拳ジムの浜田剛史代表が指摘する展開。しかし、山中はいたって冷静だった。ムキになって打ち返すのではなく、しっかりとガードを固め、ジャブから組み立て直す。そして相手の打ち疲れを待った。
「精神的にはいつでもいけると思っていた」
 王者としてビック・ダルニチャン、トマス・ロハスと強敵の挑戦を退けてきた自信がそこにはあった。

 終盤の10Rに入ってからは左を的確に当て、ツニャカオは右目の上をカット。流血がひどくなり、再び山中が主導権を握る。11Rには連打で挑戦者を追い込んだ。
「向こうのパンチは力がなくなったのは感じた。最終ラウンドは倒しに行こうと思った」
 ポイントでもリードし、勝利は見えていたが、王者は相手を仕留めにかかった。動きが鈍ったツニャカオにワンツーを浴びせ、最後は左のストレート。リング上に吹っ飛んだフィリピン人に、もう余力は残っていなかった。

 反撃を受けながらも、試合を落ち着いてコントロールし、最後は確実にKOする。終わってみれば山中の強さを改めて証明した勝利になった。次戦は前日にWBAの同じ階級でベルトを守った亀田興毅(亀田)との王座統一戦も取り沙汰されている。この4月から日本ボクシングコミッションはIBF、WBOの2団体に加盟しており、亀田以外のチャンピオンとの統一戦の可能性も広がった。

「違うベルトも欲しい。チャンピオン同士で戦いたい」
 世界最強を自らの拳で示すべく、さらなる強敵を求めていく。

<八重樫、苦手に作戦勝ち>

 勝者としてコールされると八重樫は傍らにいたジムの大橋秀行会長に、こうつぶやいた。
「夢じゃないですよね」
 大橋会長は頬をつねって言った。
「夢じゃないだろ?」
(写真:低い体勢からパンチをねじこむ。見栄えは悪くても勝負に徹した)
 
 対戦が決まっても1カ月半までは勝てるイメージが沸かなかった。王者の五十嵐は苦手なサウスポー。しかもアマチュア時代には4戦4敗とまったく勝てていない。悩める八重樫に、大橋会長は1枚のDVDを渡した。それは1980年代、WBCライトフライ級のベルトを15度にわたって守った張正九の映像だった。大橋会長も勝てなかった韓国人王者は、低い体勢から相手の懐へ飛び込み、体格で上回る外国人を退けていた。

 1カ月間、この張のスタイルを徹底して練習した成果が出た。立ち上がりから八重樫は前傾姿勢で距離をつめ、五十嵐に思うようにパンチを出させない。バッティングで減点をとられる場面もあったが、それでも低い姿勢で前進を続けた。 

 五十嵐は足を使って左を打ち込もうとするも、バッティングで切れた両目のまぶたから出血が激しくなり、視界がさえぎられる。終盤に入っても落ちない八重樫に最後は圧倒され、11Rには右を被弾して足がふらついた。終わってみれば、5〜9ポイントの差がついた。

 八重樫にとっては「作戦がバッチリはまった」と振り返る会心の勝利だ。昨年6月、井岡一翔(井岡)とのミニマム級王座統一戦に敗れ、階級を2つ上げて再起を図った。フライ級仕様のフィジカルをつくり、この一戦に勝つべく、厳しいトレーニングにも耐え抜いた。「足腰が強くないとできない作戦。疲れても動ける体をつくってもらった」と大橋会長は明かす。

 160センチと小柄な体で、この2月には30歳を迎えた。だが、今回の王座獲得で大きな手応えを感じている。
「自分でもできるという可能性を感じるようになった。体を強くしてやれることを広げていきたい」
 飛び級での2階級制覇は日本人では長谷川穂積(真正)、亀田興毅に続き、3人目。大橋会長は今後、1階級下げたライトフライ級と、スーパーフライ級を含めた4階級制覇のプランを描く。小さな体には大きな夢が詰まっている。

<三浦、左の強打炸裂>

 9R、コーナー際に追い込んで左を振り抜くと、175センチの王者がバッターンと大きな音を立ててキャンバスに沈んだ。「手応えは最高。久々に拳が痛かった」。この試合、奪った4度目のダウン。圧巻のKO劇だった。
(写真:「左が当たるとは思っていた」。6Rにも左でダウンを奪う)

 流れを決定づけたのは3Rだ。ワンツーでディアスをぐらつかせ、ラウンド終盤にはカウンターの左が顔面をとらえる。腰から崩れた王者はなんとか立ち上がったものの、スリップで時間稼ぎをしてKOを逃れるのが精一杯だった。

 その後も左を当て、王者の右顔面は出血で赤く染まる。三浦の優位がはっきりした6Rには、再び左ストレートが炸裂。尻もちをつかせ、2度目のダウンとなった。

 左の強さには以前から定評がある。初の世界挑戦となった2年前の内山高志(ワタナベ)では左でダウンを奪ったこともある。だが、「舞い上がって頭が真っ白になった」と振り返る一戦は、王者の反撃を受け、8R終了時に試合続行不能となり、敗れた。直後、更なる高みを目指して帝拳ジムへ移籍。ジムの浜田代表は戦前に「ディフェンス、オフェンスが一体となってきた。当たれば倒れる」と予想していた。

 そんなレベルアップした姿をみせたのは7Rだろう。ディアスが右顔面を隠すように左構えにスイッチしてきたが、右ジャブで対応し、攻撃の手を緩めない。相手が警戒する左をのぞかせなから、右フックを当て、またもや王者をマットに倒した。「右でダウンを奪えたのは良かった」と本人も納得の一撃だった。

 伯父の政直氏は元日本王者。その姿に憧れてボクシングをはじめ、父の政志氏が練習に付き合ってくれた。「ずっと応援してくれた」という父は、この1月、交通事故で急逝した。
「このベルトをオヤジに見せることはできなかったが、その辺りで見てくれているんじゃないかと思う」
 リング上から「オヤジ、やったよ」と天国の父に呼びかけた。

 今後、防衛を重ねれば、同じ階級のWBA王者・内山との再戦も視野に入る。「まだまだ内山さんの足元にも及ばない」と新王者は殊勝に語りつつ、「勝てる自信はある」と言い切った。
  
(石田洋之)