第199回「タイムがスポーツをダメにする!?」

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(写真:子供も大人もそれぞれのペースで楽しむ事が大切 @Honolulu Triathlon)

「どのくらいで走るんですか?」

「PB(パーソナルベスト)はどのくらい?」

 

「ランニングをしています」「マラソンをしています」と話すとこう返ってくることが多い。ランニングの経験度を計るのにはどうもタイムが基準になるようだ。もちろん、違う感覚を持っている人もいると思うが、様々な価値基準から、ランニング能力を計るには、どうしても一番分かりやすいタイムが共通言語となるのだろう。

 

 ところが、同じエンデュランススポーツでもトライアスロンになるとそうならない。「トライアスロンをやっています」と口にすると、「どのレースに出ましたか?」と大会経験を聞かれることは多いが、「タイムは?」というような質問はほとんどない。トライアスロンにおいては、天候一つで条件が大きく異なるためタイムで比較しても仕方がないという側面があり、そこにこだわる意味はないのである。むしろタイムより重要なのが、その人がどんなところでどんな楽しみ方をしているかというところにあるのではと私は考えている。ランニングとトライアスロン。似たスポーツでありながら、明らかにやっている人の感じが違うのはこの辺りも影響しているのではないだろうか。

 

 ところが最近はどうもその様子が変わってきた。

 トライアスロンの世界でも「どのくらいで走るんですか?」的な話を聞くことが多くなってきた。近年愛好者人口が伸びてきて、新しい層が増えていることも影響しているようだ。国内で開催されている大会の8割以上がスイム1.5km、バイク40km、ラン10kmのオリンピックディスタンス(以下OP)に集中しているため、この距離が基準になることが多い。つまり愛好者の中で「OPのベストは?」というような会話を聞かれるようになったということ。自然の中で自分と向かい合うというのがトライアスロンだと考える私にとってはどうしても違和感がある。

 

 スポーツである限り、目標を持ち切磋琢磨することは悪くない。逆に目標がないと、なかなか頑張れないのも事実だ。特にこの手のスポーツは、苦しいところを我慢するというシーンも少なくないので、目標に対するモチベーションが大切になってくる。ただ、それとタイム至上主義とは少し異なると思う。

 

 体と気持ちがシンクロする

 

(写真:筆者も自分のトライアスロンを味わう @Honolulu Triathlon)

 プロなどのトップ選手はともかく、他の仕事や家庭を持ち、趣味として行っている一般愛好家にとって、スポーツはあくまでも人生を充実させるエッセンス。これがすべてではないし、スポーツだけに突っ走って他を壊しても意味がない。そして、加齢とともに、ベストタイムを更新するのは難しくなるのは明白。むしろ年々、タイムを落とさないということだけでも、加齢に抗って進化している表れでもある。

 

 タイムだけを追うと、限界はすぐに来てしまい、そのスポーツ自体に興味を失うケースが多い。マラソンランナーで、5年くらいまでは、やればやるほどタイムは向上することもあるが、それ以上は故障したり自己ベストが伸びずに辞めてしまう人が少なくない。タイムだけに価値を見出した場合、タイムが出なくなった時点で面白くなくなってしまうのである。

 

 こんな、マラソンでよく見られた傾向がトライアスロンにも広がっていることを非常に残念に思うのだ。

 

 エンデュランススポーツの面白さは、自分と向き合い、自分と対話しながら動き続けること。その中で体と気持ちがシンクロする。そして自分の体が思うように動く感じ。そのフィーリングを、地球を肌で感じながらより遠くへ、より長くと求めていく。その感覚は年齢に関係なくいつまでも楽しめるものだと思う。

 

 ランナーが、マラソンに飽きて、ウルトラマラソンやトレイルラン、トライアスロンに移っていくのはそのあたりが理由ではないかと思う。だが、トライアスロンまでタイム至上主義になってしまっては意味がない。

 

 現在、やっているスポーツの魅力って何だろう?

 競技を始めたばかりの人々には難しい問いかもしれないが、それを指導したり、報道したり、愛好歴の長い方々はぜひ今一度考えてもらいたい。

 

 朝起きる。水を飲んで、シューズを履いて、じっくりと1人で走る時間。

 自分と会話し、体に問いかけ、頭の中を整理する。

 

 この時間こそが僕の好きな時間。

 そんなランニングに出会えたなら、タイムなんておまけでしかなくなる。

 

 たまには時計を見ないで走りませんか?

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ

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