第403回 紆余曲折の末に因縁のリマッチが実現へ ~ゴロフキンvs.カネロ再戦成立の舞台裏~
9月15日 ラスベガス T-モバイルアリーナ
WBA、WBC世界ミドル級タイトルマッチ
王者
ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/36歳/38勝(34KO)1分)
vs.
挑戦者
サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/27歳/49勝(34KO)1敗2分)
2度目の対戦は難航
“因縁のリマッチ”が実現――。一般的にミドル級のトップ2ファイターと目されるゴロフキンとアルバレスが、初対決から1年の時を経て、再びラスベガスのリングで相見えることが6月13日に明らかになった。ただ、ここに至るまでには様々な紆余曲折があった。内情をよく知る複数の関係者に聞くと、ビッグファイトは本当に消滅寸前までいき、ギリギリのところで救われた事実が浮かび上がってくる。
もともと昨年9月の初戦では論議を呼ぶ形でドローに終わった人気者対決は、今年の5月5日にリマッチが一度はセットされた。しかし、カネロのドーピング問題による出場停止事件で結局はキャンセル。リマッチは9月に仕切り直されるかと思いきや、交渉は報酬分配が原因で難航した。
当初は現役最高級の人気を誇るカネロが興行収入の65%を得ること(いわゆる65-35)で合意していたにも関わらず、薬物事件のごたごたに激怒したゴロフキン本人が50-50を主張。その後に王者は要求を55-45まで下げたものの、カネロを抱えるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)がそれを了承しなかった。
6月13日に今度はGBPが57.5-42.5という妥協案を提示したが、ゴロフキンは敢然と拒否。GBP側が設定した13日午後のデッドラインを過ぎても交渉は成立せず、GBPのオスカー・デラホーヤ氏が一時は破談を発表するに至った。
しかし――。結局、GBPは自身が設定した期限を自ら破る形で新たな案を提示し、頑固なゴロフキンもこれをついに受け入れる。ここで長い交渉はようやく終焉。両者の紳士協定からか最終的な分配は発表されていないが、初戦では興収の70%(70-30)を受け取ったカネロが今回は大幅に譲歩したことは間違いあるまい。Yahoo! Sportsは「カネロ側は55-45というゴロフキンの要求を飲んだようだ」と伝えている。
かなり複雑に入り組んでいたという意味で、2015年のフロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(パッキャオ)、2000年のレノックス・ルイス(イギリス)対マイク・タイソン(アメリカ)を彷彿とさせた交渉のドラマ。最終的にはゴロフキンが意思をほぼ貫き、5%は譲歩したものの、より希望に近い条件を手に入れた形になった。
「ゲンナディはこの試合を熱望していたが、一方でリスペクトを求めていて、適切な条件でなければ手を引くつもりだった。大金が絡む話にも関わらず、破談も辞さないと考えていたことには私自身も驚かされた」
Undisputed Championship Networkのスティーブ・キム記者は、ゴロフキンを抱えるK2プロモーションズのトム・ローフラー氏のそんなコメントを伝えている。
ローフラーとK2は実際に一度は65-35の条件に同意しており、要求変更は完全にゴロフキン本人のみの意向だった。カネロ戦が流れた場合の代役案として、8月25日にロサンゼルスのザ・フォーラムでWBO世界ミドル級王者ビリー・ジョー・サンダース(イギリス)と統一戦を行うプランまで用意されていた。サンダースはそのために6月23日に組まれていたマーティン・マレー(イギリス)戦をわざわざキャンセルしたのだから、この件がゴロフキンのブラフではないと気づくはずだ。
交渉は王者側の“圧勝”
筆者も5月の時点でゴロフキンの意志が固いことを交渉に絡んだ関係者から聞かされており、難航自体は驚きではなかった。以降も、「王者がやらなくても良いと考えていることがネック」という話は継続して聞こえてきていた。
それにしても、興行的には完全な“Bサイド”の選手がここまで引っ張るとは。おかげで3000万ドル以上に及ぶファイトマネーと交渉にかけた労力が吹き飛ぶ直前までいったわけで、正直、常に冷静なローフラーも気が気ではなかったはずだ。
ともあれ、ゴロフキンは結果的に第1戦では70-30だった報酬分配を55-45(あるいはそれに近い数字)まで持っていくことに成功。北米での知名度、過去の興行実績と照らし合わせても、今回の交渉は王者側の“圧勝”という他にない。
「お金は良いものだ。ただ、お金だけではなく、正しいことと、そうではないことがある。人生には金以外にも大事なことがあるんだ」
5月5日のバネス・マーティロジアン(アメリカ)戦前、ゴロフキンはそんな言葉を残していた。
綺麗ごとに聞こえるかもしれないし、すべてを鵜呑みにはできないが、プロモーターの意向に左右されず、自分自身で最後まで交渉をコントロールした姿に王者の信念が感じられたのは事実である。PED(運動能力向上薬)をめぐる騒ぎでついに堪忍袋の緒が切れたゴロフキンは、正当な扱いを求め、金銭だけに固執しない姿勢を示すことで、最後にはビッグマネーも手にしたのだった。
一方、カネロにとっても、ここでゴロフキンに一歩譲って試合成立にこぎつけたことが間違いだったとは思わない。双方にとって必須のリマッチと目されたが、最終的により“Must”だと考えたのはカネロの方だったということ。当初はアイドル的に売り出されながら、判定、薬物問題ですっかりイメージは悪くなった。
デラホーヤが言及したダニエル・ジェイコブス(アメリカ)戦を組んでも、“ゴロフキンに勝てなかったもの同士の敗者復活戦”という印象は拭い去れまい。しかし、ここでVADA(ボランティアのアンチ・ドーピング機構)の厳格なドーピング検査を受けた上で、ゴロフキンに勝てば話は変わる。この1年間で失ったものを取り戻し、再びファンに愛されることも可能なはずだ。
そういった意味で、ここでの譲歩は賢明な“先行投資”。9月15日は大げさでなくカネロのボクシング人生、歴史的評価を左右する正真正銘の大一番になる。大舞台で薬物陽性反応発覚前と同じように上質なボクシングを披露し、ゴロフキンの壁を突破できれば、その後のキャリアの中でまた幾らでも稼げるはずなのである。
杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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