最近、公共施設も含むスポーツジムが、障がいのある人に開放されつつあるとよく耳にします。その理由のひとつには2020東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、パラスポーツやパラリンピックへの理解が深まったこと。それに端を発して共生社会への機運が高まっていることがあるでしょう。また、パラスポーツの競技性の向上に伴って、科学トレーニングを取り入れるパラアスリートが門をたたく機会が増えたことも後押ししているかもしれません。


 その昔、障がいのある人がスポーツジムへ入会しようとしても断られたというケースを多く聞きました。断られる理由は下記のようなものでした。

 

「何かあったら……」「障がい者用の設備や機器が整っていないので……」「他のお客さまが(障がいのある人が気になって)トレーニングに集中できないとおっしゃるので……」。またプールを利用する子供の保護者たちがスポーツセンターで、「うちの子供が障がい者と同じ水に入っているのはちょっと……」と、訴えたという話もありました。

 

 入り口に「障がい者の入会はお断りします」の張り紙をしていた施設も実際にあったくらいです。

 

 これらの「お断りの理由」は、実はあまり説得力がないものばかりです。例えば「何かあったら」は、障がいがあってもなくても「何かあるときはある」ものです。「万が一」ばかりを考えていては何もできない。「スポーツはやめましょう」と言わなければなりません。

 

「障がい者用の機器や……」に関しては、スポーツジムを利用したい障がいのある人は、そもそも専用機器があると思っていないし、必要もありません。一般の器具を使用します。大抵のことは、少し工夫すれば利用できるのです。以前にスポーツ用品メーカーの方から「うちは障がい者用は作っていません(だから障がい者のスポーツとは関われません)」とよく言われました。スポーツをしようとする障がいのある人はスポーツウエアやシューズや道具も、一般に売っているものを購入しています。そのことを知らないケースはかなり多くありました。パラスポーツの道具は、障がいのある人が使う「特別の物」との認識だったのでしょう。

 

 民間のジムでの「他のお客様が『集中できない』といって、辞めてしまったら困る。ジムはほかにもいくらでもありますから……」という対応は、既存の顧客優先、顧客確保が企業にとっては大切なこととはいえ、共生社会のために、そこは一歩踏み出してほしかった。

 

 全国各地には障がい者スポーツセンターがあります。ここは障がいのある人が障がいを気にせず、心おきなくスポーツができる環境としての大切な機能を果たしています。その中にはそこから飛び出していく人もいます。そうした人たちを、同じスポーツを楽しむ仲間として受け止める気概がほしかったのです。いずれにしても、こうした体のいい断り口上が幅を利かせていた時代があったというこです。

 

 しかし、実はこれはそんなに昔のことではありません。ほんの2、3年前のことです。こうして考えると隔世の感があります。

 

 パラリンピック開催をきっかけとして、社会全体が共生社会の実現に向けて前進しています。そんな中、スポーツ業界やスポーツ産業が先頭に立ち、共生社会への扉を開いていることをとても嬉しく思います。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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