サッカーの森保ジャパンは初陣から3連勝と好スタートを切った。中心選手は新生日本代表の10番・中島翔哉だ。彼は俊敏性を生かしたドリブルで敵陣を切り裂き、強豪・ウルグアイ戦ではアシストも記録した。ベテランの長友佑都曰く「(中島は)出てきたての頃の香川真司に似ている」。香川はセレッソ大阪からドイツに渡ると、瞬く間にドルトムントにとって欠かせない存在になり、すぐに日本代表の中心選手となった。日本代表の新旧10番である中島と香川を重ね合わせながら、8年前の原稿を読み返そう。

 

<この原稿は『経済界』2010年12月21日号に掲載されたものです>

 

 誰がここまでの活躍を予想し得ただろう。“うれしい誤算”といっても過言ではない。

 

 ドイツ・ブンデスリーガの古豪ボルシア・ドルトムントでプレーする香川真司のことだ。第12節終了時点で香川は全試合に先発出場し、6ゴールの活躍をみせている。

 

 ボルシア・ドルトムントは創設が1909年という古い歴史を持つドイツ有数の名門クラブだ。63年にスタートしたブンデスリーガで過去3回の優勝を誇る。これは国内で4番目に多い。

 

 同クラブのハイライトといえば96-97シーズンにとどめを刺す。アンドレアス・メラー、マティアス・ザマーらを擁し欧州チャンピオンズリーグを制した。その後、東京・国立競技場で行なわれたトヨタカップでも優勝し、クラブ世界一の座にも就いた。

 

 2000年代に入り低迷する時期があったものの、一昨年からクラブを率いるユルゲン・クロップがチームの立て直しに着手。昨シーズンはリーグ5位の成績を収め、今季は開幕から10勝1敗1分けとロケットスタートに成功した。

 

 そんな名門クラブで主力として活躍する香川は、今年5月まではJ1・セレッソ大阪でプレーしていた。日本代表が決勝トーナメント進出を果たした、先の南アフリカW杯では最終メンバーの23名から漏れ、スタンドで観戦していた。口にこそ出さないが、内心、忸怩たるものがあったに違いない。

 

「SHINJI KAGAWA」の名がドイツ中に知れ渡ったのは第4節、敵地で行われたシャルケ04との“ルール・ダービー”だ。

 

 ルール地方といえばライン川とルール川下流域に広がるドイツ屈指の重工業地帯。近隣の工業都市同士の対決とあって、戦いはドイツ国内のどのダービーにも増して熱を帯びる。そんな注目の一戦で香川は2ゴールを挙げ、勝利の立役者になったのだから周囲は放っておかない。

 

「日本にも大きなダービーがあるかどうか知らないが、この試合はドイツ最大のダービー。欧州でも屈指のダービーなんだ」

 

 クロップ監督は興奮した口調で言い、こう続けた。

「シンジはこれでドルトムントの人たちから絶対に忘れられない存在になっただろう」

 

 香川は身長172センチと小柄だが、動きがシャープでボール扱いも巧みだ。ダービーでの2点目についてクラブの公式サイトでは「まるでカンフーファイターのようだ」との記述がある。クロスを左足で合わせた跳び蹴りのようなボレーシュートを見れば、誰だってそう思うだろう。

 

 ところでドルトムントがセレッソ大阪から「カンフーファイター」を獲得するのに要した資金は約4000万円(育成費)といわれている。それが今では「最低でも市場価格は350万ユーロ(約3億8500万円)」(ビルト紙)とみられているのだから、クラブにとっては掘り出し物である。今後、Jリーグでプレーする日本人選手の評価がハネ上がることは間違いあるまい。

 

 ドルトムントの今季開幕スタメン11人の平均年齢は23.7歳。世界中から若い才能が集まっており、切磋琢磨するにはいい環境だ。

 

 スタジアムも素晴らしい。「ジグナル・イドゥナ・パルク」といってもピンとこない方がほとんどだろうが、06年ドイツW杯で日本代表がブラジル代表に敗れたスタジアムと言えば「ああ、あのデッカイところか」となるのではないか。

 

 収容人数は8万を超える。勾配が急なスタジアムは比喩ではなく“興奮の渦”と化す構造になっており、ここで戦っていれば、どこの国のスタジアムでも緊張することはないだろう。

 

 第12節を終えて香川の6ゴールは得点ランク8位。7ゴールにはマリオ・ゴメス(ドイツ代表)、ルーカス・バリオス(パラグアイ代表)、クラース・ヤン・フンテラール(オランダ代表)、グラフィッチ(ブラジル代表)と世界トップクラスのストライカーがズラリと名を連ねる。

 

 辛口で知られる地元紙も香川に限には毎試合のように2点(ドイツの採点は6点満点で1点が最高)をつけている。

 

 香川がプレーするドイツ・ブンデスリーガといえば、スペイン・リーガエスパニョーラ(現ラ・リーガ)、イングランド・プレミアリーグ、イタリア・セリエAとともに欧州4大リーグのひとつに数えられる。

 

 過去、4大リーグで最も成功を収めた選手といえばセリエAのペルージャ、ローマなどで活躍した中田英寿、次いでドイツのケルン、ブレーメンなどで通算25得点を挙げた奥寺康彦か。香川は偉大な先輩たちを超えることができるのか。

 

 ボールを持てば、何かが起きる――。そんな期待感を抱かせる選手といえば、真っ先に思い出されるのがバルセロナでプレーするアルゼンチン代表のリオネル・メッシだ。

 

 日本にこんな選手は出ないと思っていたが、香川のプレーを見ていて考え方が変わってきた。彼が“極東のファンタジスタ”と呼ばれる日は、そう遠くはないだろう。


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