まちづくり・地域づくりの視点から、いかにしてスポーツを活用した地域の活性化を図っていくかについて調査研究し、活動していく一般財団法人「日本スポーツコミッション」が開催するスポーツコミッション研究会に参加させていただきました。素晴らしい機会をありがとうございました。

 

 ここでのプレゼンで私に与えらたテーマは「障がい者を顧客として捉える」というものでした。障がいのある人を含めてすべての人たちをスポーツシーンの「お客様」として捉えるというもの。「なるほど、面白そう」と思いました。同時に思い出したのは、過去のいろいろな言葉でした。

 

 2005年にパラスポーツのインターネット中継、体験イベントからSTANDの活動はスタートしました。そしてすぐに「障がい者をさらし者にしてどうするつもりだ」というご批判をいただきました。「障がいのある人にそこまで(スポーツを)させなくても……」、イベント会場では「もう、見ていられないので帰ります」とも。どんな事業でも批判はつきものです。

 

 そんなある日、「障がい者をネタに商売をする気か」という言葉をいただきました。これは答えにくく、困惑しました。「ノー」とは言えないし、「イエス」とも言いにくい。パラスポーツを通して共生社会を目指し、社会に価値を提供してその対価として報酬をいただき、NPOを運営する。だから「ノー」ではない。そこで、商売、事業、ビジネスと、言葉を変えたみたらニュアンスが変わった。

 

「パラスポーツを事業として成り立たせる」と言うと少し救われるかな? と使ってみましたが、「伊藤さん、そんな言い方しない方がいいよ」と多くの方から忠告をいただきました。もちろん、私のためを思って親切で言ってくださっています。

 

 その後、08年頃には、事業のサポートをしてくださる企業を探して、1000社にアプローチしました。スポーツ用品のメーカーさんにもたくさん電話をしましたが、「私どもは障がいのある方用のウエア、シューズ、ラケットなどの用品はつくっていませんので」との答え。もちろん「STAND」などというどこの馬の骨ともわからぬ者からの突然の電話です。断り口上も多くあったでしょう。それでもメーカーさんの誤解も大いにあったと感じました。

 

 以前のコラムで書きましたが、車いすテニス、パラ卓球の選手が使うのはテニス、卓球のラケットで、片足が義足の選手はシューズを買って片方だけを使用しています。

 

 メーカーさんだけでなくスポーツショップも訪ねました。「うちには障がいのあるお客さまは来店されません。障がい者用の商品を置いていないからです」。しかし前述したように障がいのある人がスポーツをする際には、この店に置いてあるものと同じボール、ラケットやシューズ、ウエアを買って使っています。でも残念ながらこのお店には段差があったり通路が狭かったり……、そうした理由で来客がないのです。

 

 厚生労働省のデータによると日本の障がい者は推計で約936万人です。これは全人口の7.4%。「顧客ではない」と切り捨てるにはあまりに大きな数字です。スポーツ庁のスポーツ未来開拓会議では国内スポーツ市場規模の目標値を12年の5.5兆円から、20年には10.9兆円(約2倍)、25年には15.2兆円(約3倍)としているのです。なおのことでしょう。

 

 国際パラリンピック委員会(IPC)は車椅子席の数や質、また聴覚・視覚障がいの人のための設備充実などの推奨環境を提示しています。障がいのある人への配慮ですが、大事なのは同時に観客としてカウントしているということなのです。

 

 10年ほど前、大分車いすマラソンに出かけたときのことです。大分は日本のパラスポーツの先進地として知られています。夜、地元の知人に連れられて居酒屋に行きました。そのお店には車いすを使用する人のグループもいて、店内を見ると通路が広く、入り口の段差もなく、車いす用のトイレも設置されていました。「さすが、大分」と関心して、店のご主人に申し上げました。「素晴らしいですね」と。でもご主人は「違う、違う! そんなもんじゃない。こうして車いすのお客さんが来てくれるのに、断ってたら商売に障る。車いすの人にもたくさん来てもらってお金を落としてもらおうと思ってのこと。商売でやっとるだけよ」と答えました。


「こうでなくっちゃ」。私は大きな声で言いました。「福祉的な配慮? ダイバーシティの推進?社会への義務? それと、ビジネスでしょう!」

 

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

◎バックナンバーはこちらから