今年の福岡国際マラソン(12月2日)をぼんやり見ていると、35キロあたりだっただろうか、服部勇馬が、併走する外国人選手ふたりをごく自然に引き離し、そのまま独走して優勝した。タイムは2時間7分27秒。タイムよりも、最後の5キロでぐいぐいペースをあげるそのレースぶりが、ちょっと衝撃的だった。この強さは本物だろうな、と思わせる説得力があったのだ。聞けば、彼はもともと35キロ過ぎで失速する傾向にあったという。練習でそれを克服したのだとか。

 

 日本の男子マラソンは、長い低迷期を抜けて、なにか地殻変動が起きているのでしょうね。設楽悠太が2時間6分11秒で日本記録を更新したのが、今年の2月。これが2002年の高岡寿成以来、16年ぶりのことだった。と思ったら、大迫傑が2時間5分50秒でさらにそれを更新したのが10月。そして、今回。次々に新たな才能が開花するというのは、その競技全体が強くなっている証拠でしょう。

 

 フォーシームを武器にするルーキー

 

 そんなことを考えながら、実は、今年のワールドシリーズを思い出していた。結果は、4勝1敗でレッドソックスがドジャースを下したのだが、それよりも10月26日(現地時間)の第3戦に先発したドジャースの投手ウォーカー・ビューラーの印象が鮮烈だった。正直言って、はじめて見た。そして、こんなきれいな投げ方をするピッチャーが出てきたのか、と驚いたのだ。次々に、いろんなタイプの、すなわち多様な才能が、常に出現し続けることがメジャーリーグの強さの本質だが、それを証明するような投手だった。

 

 まず、メジャーの多くの投手と比べて、彼は華奢である。という言い方に語弊があれば、細身である。188センチ、79キロ。まっすぐ左足をあげ、昨今ではやや大きめと言えるかもしれない、オーソドックスなバックスイングから、まさに上から下へ右腕を振り下ろす。もし右オーバーハンドのフォームのイデアがあるとしたら、こういうものだろうと言いたくなる。そして、ストレートは、見事にタテ回転のフォーシーム。いわゆる全盛の「動くボール」ではないのだ。

 

 そう、むしろ日本球界が信奉してきた右投手の教科書のようだといっていい。ただし、ストレートは常時157~8キロくらい出ている。この日の最速は、100.1マイル(161.1キロ)。もちろん、ツーシームもカットボールもスライダーも投げる。しかし、彼の投球の中心はあくまでフォーシームのストレートである。

 

 第3戦は7回2安打無失点の好投だったから、どこを切り取ってもいいのだが、7回の最後の打者を見てみよう。2死無走者から、迎えたのは4番J.D.マルティネス。

 

①スライダー  外角低め  空振り
②スライダー  高め    ボール

③ストレート  内角高め  ボール

④ストレート  高め    空振り

⑤ストレート  内角高め  ボール

⑥ストレート  内角低め  空振り三振 158キロ

 

 3球目から6球目までがすべてフォーシーム。最後は、いわゆる伸びるストレートで空振りを奪ったのである。美しい!

 

 こんなピッチャーも出るんだなあと、感心しながら調べてみると、2015年にMLBドラフト1巡目でドジャースから指名されている。そして、「契約後すぐにトミー・ジョン手術を受け、1年間のリハビリ生活を送る」(ウィキペディア)。

 

 つまり、21歳でトミー・ジョン手術を受け、2016年8月にマイナーデビュー。2017年はメジャーで8試合に登板し1勝。そして今年、23試合に先発して8勝5敗。事実上、今年ブレイクしたルーキーなのですね。

 

 すぐさま思い出したのが、大谷翔平(エンゼルス)である。同い年なんだなというのもそうだが、とても手術明け(と言っても2年以上経過しているが)とは思えない投げっぷりだったのだ。トミー・ジョン手術は若いときのほうが成功しやすいといわれるが、やはり、そうなのだろうか。ダルビッシュ有の苦闘ぶりをみていると、あながち根拠のないことではないような気がしてくる。24歳で決断した大谷は、正解だったのかもしれない。

 

 平均球速では、おそらく大谷のほうが上回っているだろう。体格ももちろん上回っている。だから、日本はもっとすごいピッチャーを出したぞ、と言ってもいい。だが、ここで気になるのは、では日本球界に大谷に続くような才能が次々に出ているか、ということだ。

 

 メジャーの場合、象徴的に言えば、身長2メートル、体重100キロの大男が、160キロのストレートとツーシーム、カットボール、チェンジアップを力任せに投げ込む。そういう豪腕が次々に出現する。そういう潮流のなかで、絵に描いたような(あえて言えば日本風の)フォームからフォーシームを武器とするルーキーが現れた。そこが面白いのだ。

 

 個性よりも異なる発想の才能

 

 ダルビッシュ有が出現したとき、「○○のダルビッシュ」と異名を取る投手がたくさん出た。残念ながら、本家を抜くのは1人もいなかったように思うが、でもこの発想は大事である。こういうことの繰り返しが、日本野球全体のレベルアップにつながるはずだ。

 

 そういえば、巨人で注目されている2年目の髙田萌生は、創志学園高時代、松坂大輔を手本にしていると言っていた。え、今はダルビッシュとか大谷じゃないの、とは思ったが、確かに松坂に似た腕の振り方だった。それが3年目を迎えようとしている現在、最注目の若手投手になっているというのは、いいことではないか。

 

 あるいは、今秋のドラフトで埼玉西武が2位指名した渡辺勇太朗(浦和学院)。彼は大谷のフォームを参考にしているという。足のあげ方とか、バックスイングの形とか、たしかに大谷に似ていた。大谷に関しては、もっと、真似をする選手が出てきて当然だろう。

 

 やや話がそれたが、つまり、そのように様々な形の才能が続出する状況こそが、日本野球にとって望ましいということだ。

 

 日米野球では、日本代表(侍ジャパン)は、5勝1敗と大きく勝ち越した。だから強いといってもいいけれど、WBCのアジア予選でけっこう苦戦する現実もある。

 

 なにより、大谷は帰国後のインタビューで「日本で5年やったもので通用したいと思って行ったが、そうはいかなかった」という主旨の述懐をしている。たとえば、オープン戦では何が苦しかったか、という質問に対して、「打撃は(相手投手の)球が速いのが一番。平均したら数マイルの差だが、かなり違う」(「スポーツニッポン」12月5日付)と答えている。彼我は、ちょっとした差ではなく、「かなり違う」のである。だから、イチローに相談したし、打法も変えた。この柔軟性が彼の1年目の成功を生んだのだが、我々はこのことの含意を、もっとよく考えるべきだろう。

 

 俗に「個性を伸ばす」という言い方をする。それを否定する気はないが、この局面で「多様な才能」と言うとき、焦点になるのは、「個性」よりもむしろ発想とか考え方、もっと言えば思想に近いものではないか。日本野球がより強くあり続けるためにも、異なる発想の才能が続出する球界であってほしい。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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