デジタルの時代であることは、いくら時代遅れの人間でもわかっているつもりだが、なんでも数値化して語るのには、やはり抵抗がある。だってね、ニュートンがどう言おうと、アインシュタインが何を言おうと、江川卓のストレートは打者の手元で浮き上がったのである。それを否定するなら、否定する物理学のほうが間違っている……と正月早々力んでみても、はじまらないか(笑)。

 

 打球の初速とか角度とか、ピッチャーの投球の回転数だとか、そのうち野球中継のテレビ画面は数字で埋め尽くされるのではないか。そんな妄想にかられながら、ぼんやり過ごしていた昨年末のある日、びっくりするようなデータを知った。大リーグの公式サイトの発表(現地時間12月23日)によると、先発投手のチェンジアップで昨シーズン、もっとも被打率が低かったのは、前田健太(ドジャース)のチェンジアップだったというのだ。

 

 たとえば「スポーツニッポン」(12月25日付)には、メジャーリーグ全球団の先発投手の、球種別被打率ベスト3が掲載されていた。こんなデータまで出せるんですねえ。こうしてみると、データもたしかに面白い。それにしても、前田のチェンジアップがメジャーNo.1とは(ちなみに、被打率1割6分4厘)。

 

 マエケンといえばスライダーである。日本にいる頃から、その反対の曲がり方をするチェンジアップには取り組んでいた。むしろ、左打者には、チェンジアップが有効だった。さらに投球の幅を広げるべく、何度か試していたのがフォークボール(スプリットと言ってもいいが)だった。ただ、結局、フォークはものにできないまま海を渡った。

 

 だから、2018年の前田を見ていて、感心したのだ。フォークというかスプリットというか知らないが、要するに挟むボールが抜群の切れ味を発揮していたのだ。彼は、ついにフォークを習得したんだな、と。

 

 改良したチェンジアップ

 

 ところが、少し違うようなのだ。あれは、チェンジアップの握りを変えたのだそうだ。昨秋の日米野球の際、凱旋登板して放送席にゲスト出演した前田に、解説だった黒田博樹氏が確認するように聞いていた。「チェンジアップの握りを変えたんですよね」と。

 

 事のついでにいっておくと、球種別で、ストレートの被打率がメジャーNo.1(2割5分)だったのは、前回の当欄で、そのフォーシームのストレートの魅力を取り上げたウォーカー・ビューラー(ドジャース)だった。おお、おれも見る眼があるじゃないか。

 

 前田に戻ると、「スライダーが相手の頭にある中で、落ちる方向が逆」(同前)と、チェンジアップ改良の意図を語っているそうだ。あえて深読みすれば、この発言はフォークのように真っすぐすとんと落ちるのではなくて、スライダーの逆に曲がり落ちることを意識している。だからチェンジアップと言うのでしょう。そして、それこそがアメリカ式の発想だ。

 

 ポイントはここにある。前田は、メジャーリーガーの投手としては小柄だし、体も細い。いかにも、すぐに右肘靱帯損傷、手術、という道をたどりそうに見える。たとえば、和田毅や藤川球児のように。しかも右肘の不安説もささやかれながら、先発、リリーフと投げ抜いている。そして、いまやチェンジアップはメジャーNo.1。アメリカで成功しつつあると言っていい。その秘密は、アメリカ式の発想を自然に受け容れられることにあるのではないか。

 

 野茂英雄のメジャー挑戦以来、多くの日本人投手が海を渡ったが、真に成功したといえる人は意外に少ない。その数少ない成功例のひとつが、黒田だろう。なにしろメジャーで5年連続二桁勝利、3年連続200回以上登板を達成したのだから(この記録は、実質的には4年連続である。2014年の199回は、8回まで完投勝利ペースで、明らかに200回を達成できたはずの最終登板で、当時のジョー・ジラルディ監督が、9回に無理矢理クローザーを登板させたことによる)。

 

 黒田の成功の要因として、意外にも(男気・黒田のイメージとはうらはらに)、アメリカ的な発想がしみついている面があると思う。たとえば、2016年に優勝したとき、彼は、球団と協力してモチベーションビデオを製作し、それを見せてナインを鼓舞した。あるいは、昨年、新井貴浩が引退した後、地元紙・中国新聞(11月5日付)に、表裏2ページにわたる全面広告を掲載。表で新井をからかった後、真っ赤な裏面で「結局、新井は凄かった。 広告主 黒田博樹」という広告であった。こういうジョークはいかにもデレク・ジーターとかがやりそうな(モチベーションビデオもそうだけど)、アメリカ的発想だと思うのだ。そして、それは、メジャーで成功するための、意外に大きな要素なのではないか。

 

 まずは打率アップがカギ

 

 こう書きながら、念頭に置いている選手がいる。菊池涼介(広島)である。菊池は、昨年オフの契約更改の席で、来オフ(すなわち今シーズンの終了後)、ポスティングによる大リーグ挑戦の意思を表明したのだ。「野球をやっている以上、トップのレベルでやりたい」と。

 

 大方の見方として、挑戦は不安視されているようだ。なにしろ、2018年の打率は、2割3分3厘である。いくら守備がいいと言っても、これでは、そもそも試合に出られない。

 

 メジャーにも、菊池並みの守備をする選手は何人かいる。代表格は、ハビアー・バエズ(カブス)だろう。同じくらいうまいし、速い。肩は、強肩と言われる菊池よりも強いのではないか。ただし、プレーの派手さでは、菊池のほうが勝るような気がする(バエズも十分派手だが)。つまり、試合に出さえすれば、あの華のある守備で、結構、人気も出るかも知れない。

 

 一にも二にも、2019年、どこまで打率を上げられるかだ。あの大谷翔平(エンゼルス)でさえ、オープン戦の不振から、ノーステップに打法を変えたのである。菊池の打法には、左足を上にあげてから、前にステップするという、二つの動作がある。打法を変えずに今季に臨むのか、それともかつて丸佳浩がやったように、大胆に打法を変えるのか(丸はこれによって大成した)。今季の見所ではある。

 

 しかし、それと同じくらい重要なポイントが、アメリカ式発想を自然に受け容れられるかどうか、ということではないか。

 

 同じ広島からメジャーに挑戦した黒田と前田は、この点で、成功できる素地を持っていた。この二人の先輩をよく知る菊池が、はたして、同様のメンタリティの持ち主でありえるか否か。そこが焦点になるだろう。なにしろ前回のWBC、雨中のアメリカ戦で、両軍でただ一人、ホームランをたたき込んだ男である。打てる可能性は持っているはずなのだから。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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