8日、世界体操競技選手権(中国・南寧)の日本代表選考会を兼ねた「第53回NHK杯体操」最終日が東京・代々木第一体育館で行われ、男子は内村航平(KONAMI)が181.050点で優勝した。内村は大会史上最多の6連覇。178.775点で2位の野々村笙吾と、178.275点で3位の加藤凌平の順天堂大学コンビは、既に内定していた内村とともに世界選手権代表入りを果たした。世界選手権代表は計6名。残りの3名は7月の全日本種目別選手権(千葉)後に決まる。
(写真:最終種目を終え、健闘を称え合う野々村<左>と加藤)
「やっとです」。試合後のインタビューでこぼしたコメントが、全てと言っていいだろう。早くから代表入りを期待されてきた野々村が、ついに念願を成就した。

 10月の世界選手権への代表枠は、全部で6つ。個人総合で争われる今大会での枠は3つだが、既に内村がひとつを手にしている。そのため内村を除いての2位以内が条件である。野々村は5月の全日本選手権で自己最高の2位に入っており、3位・加藤に1.100点、4位・武田一志(日本体育大)には1.775点の差をつけていた。大きなミスさえなければ逆転はされない。十分なアドバンテージと言っていい。トップの内村とは1点以内の差。優勝も狙えなくはない位置にいたが、「NHK杯よりは代表選考との思いが強い。(優勝は)全く考えていないです」と欲はかかなかった。

 一昨年は掴めなかった五輪、昨年はわずかに届かなかった世界選手権の切符。2年連続NHK杯で涙をのんできた。ケガなどに苦しみ、冬場にトレーニングを満足につめなかった過去2年とは、違うという自負があった。通し込みの練習を増やし、築いたその自信は母親も感じとっていた。それは会った時の言動や表情からして、見てとれたという。

 第1ローテーションはゆか。内村と加藤が得意とする種目のひとつである。内村が15.400点、加藤が15.500点と2人揃って高得点をマークするなか、野々村も15.100点でついていった。出来栄えが評価されるEスコアでは9点台と、持ち味である正確な演技を披露した。
(写真:ライバルの代表入りに加え、自らも3位で代表入り。「ホッとした」という加藤)

 上々のスタートを切った野々村だったが、続くあん馬では14.400点と、得点は伸びなかった。本人曰く「硬くなってしまっていた」。代表になることを意識し過ぎていたせいだ。普段は同じ大学で練習を共にする加藤も「演技自体も崩れていたし、一緒に回っていて顔つきが硬いな」と感じたという。第3ローテーションの得意のつり輪では「力が入り過ぎた」と不安定になる場面が見られた。順大で野々村を指導する冨田洋之コーチによれば「つり輪の倒立でグラつくなんて練習では絶対ありえない」ことだった。稼ぎどころで14.600点にとどまった。3種目を終え、トップは134.950点で内村のまま。それに野々村が133.875点、加藤が133.325点、武田が132.300点と続いた。野々村は加藤、武田にリードを縮められた結果となった。

 だが得意種目での失敗が、逆に野々村の気を引き締めた。「跳馬から集中することだけを考えた」と、本人もつり輪をキーポイントに挙げた。跳馬は戦前の予定通りDスコア(難度点)5.6点のドリッグスを選択。野々村の力を持ってすれば同6.0点のロペスに挑戦することも可能だったが、ここでリスクを冒すことは得策ではない。集中して臨んだ跳躍は、着地で左足が1歩下がったもののEスコアで9.250点がついた。再び加藤、武田との差を広げる。他の組の選手の演技を待つ間、それまで硬かった表情も少し和らいでいたようにも見えた。
(写真:オーロラビジョンに映る他の選手の演技を見つめる野々村)

 第5ローテーションの平行棒は野々村の得意種目のひとつ。順大の原田睦巳監督には「種目別で勝負できる可能性はある」と高く評価されている。倒立でピンと伸ばした両足は、野々村の体線の美しさを際立たせる。フィニッシュの着地もほとんど動かず、15.600点を叩き出した。野々村は最終ローテーションの鉄棒を残し、3位・加藤と0.950点、4位に浮上した田中佑典(KONAMI)とは2.275点の差。余程のことがない限りは4位との逆転はない。
(写真:平行棒は全体トップの成績で、Eスコアは9点台)

 鉄棒では、アドラーひねり、伸身トカチェフと入り、大きなミスなく演技を運んでいく。フィニッシュの下り技は後方伸身2回宙返り2回ひねり。着地は少し動いたが、決まった。しかし野々村は頭をかき、少しバツの悪そうな表情で、マットを降りた。これは鉄棒の演技自体に向けられたものというよりは、6種目すべてを振り返ってのものかもしれない。野々村は試合後、「今日は満足のいかない演技だった」と語っていた。得点は14.400点。トータル178.725点で最終演技者の内村を残し、暫定1位になった。この時点で2位以内が確定し、世界選手権行きの切符を手中に収めた。

 最後は内村が鉄棒で流石の演技を見せる。高難度の技を次々に決め、着地もしっかり止まり、ガッツポーズ。見事、6連覇を達成した。3位には「気合と集中力がうまくかみ合った」と、6種目全てで14.500点以上の安定したパフォーマンスの加藤が入った。世界王者の内村が「絶対に入ってもらわないと困る」と期待を寄せる野々村、加藤の20歳コンビが世界選手権のメンバーとなった。

 全日本男子の水鳥寿思監督は大会を総括し、「3名については日本の中でも柱になってくれるだろうと考えていた3人。その彼らがきっちりとミスなく演技をしてくれて、代表に入った。力を再確認できたし、彼らを中心にして戦っていきたい」と語った。世界王者の内村はもちろんのこと、次期エース候補の2人が体操NIPPON団体金メダルのカギを握る。現在のエースである内村が「ミスのない正確な演技をしてくれるので、日本チームとしても頼りになる2人が出てきてくれた」と喜べば、かつてのエース冨田も「(野々村は)ロンドン五輪に出てもおかしくない実力を持っていた。ここで野々村と加藤が揃っていけたことは、2人にとっていいことですし、日本にとってもいいことだと思います」と相乗効果を望む。

 野々村は11年の東京大会は補欠だったため、まだ世界選手権の出場はない。それでも「ようやく笙吾が入ってきてくれた」(内村)「やっと一緒に行けますね」(加藤)と、メンバーが待ちわびていた存在。その実力は国内の誰しもが認めている。そして、その名は、日本だけにとどまらない。3月のW杯アメリカ大会の個人総合で準優勝した後、日本体操協会には現地のメディアから、野々村について問い合わせがあったほどだという。徐々に世界にも知らしめつつある日本の大器が、いよいよ10月に世界選手権デビュー。南寧の大舞台で美しく力強い体操を体現し、世界中にその名を轟かせる。

【男子個人総合】
1位 内村航平(KONAMI) 181.050点
2位 野々村笙吾(順天堂大) 178.775点
3位 加藤凌平(順天堂大) 178.275点
(写真:序盤の2種目でミスがあったものの、終わってみれば内村の圧勝)

(文・写真/杉浦泰介)