ブ〜ン、ブ〜ン。
 ブラジルを旅していて、特に注意しなければならないのが「治安」のほかにもう一つある。
 それは、モスキート。「蚊」である。飛んでくる音が耳に入ってくると、両手で挟み撃ちを試みるのだが、さすがはサッカー王国のモスキート。すばしっこくて、簡単に撃退することが難しい。

 たかが「蚊」と言うなかれ。
 ブラジルの蚊にはかなり注意が必要になる。というのも、ネッタイシマカ、ヒトスジシマカという種類の蚊を媒介にして発症するデング熱がブラジル国内で大流行していて、日本代表がベースキャンプ地に置くイトゥ市近隣の町でも、1万5000人を超える人々が感染したという情報もある。

 デング熱は発症すると40度ほどの高熱にかかり、頭痛、発疹の症状も出てくるようだ。死に至るケースもある。日本の試合会場はレシフェ、ナタール、クイアバといずれも高温多湿の都市であり、大会中の流行も懸念されているそうだ。

 ブラジル南部のイトゥは冬の気配が近づいてきていて、朝と夜はかなり冷え込む。それでも蚊がブーンと飛んでくるのだから、かなり寒さへの耐性が強いんじゃないかと思ってしまう。
 日本代表のメンバーもイトゥのベースキャンプ地で虫よけスプレーを体に噴きつけてから、ピッチに出て練習に取り組んでいる。露出する肌に、まんべんなく、丁寧につけている選手もいた。どうも、チームのメディカルスタッフからは「蚊に気をつけるように」と注意を呼び掛けられているようである。

 まったく無警戒であった筆者も、遅ればせながら同宿するライターさんたちと一緒にスーパーマーケットに繰り出して、蚊対策のグッズを購入することにした。

 売り場のコーナーなんて小さいだろうと思っていたが、人々の目につきやすいところにドーンと置かれてあった。それほど需要があるということなのだろう。

 煙の出ない「ノーマット」タイプ、撃退スプレー、体につける虫よけスプレーなど何種類もあった。「ノーマット」タイプと撃退スプレーを購入し、その日の夜から使ってみることにした。撃退スプレーは見るからに強力そうで、噴射してみるとにおいもかなりきつかった。蚊を発見すると、そのスプレーでプシューっとひと吹き。その後、あれほどにぎやかだった蚊の飛ぶ音が消えたこともあり、効果はてき面だったようだ。

 しかし、あまりににおいがきつく、しばらく室内に「異臭」が漂ってしまったことは誤算だったが……。

 イトゥの宿の周辺は緑に包まれていて水場も多く、いかにも蚊が多そうな地帯ではある。

 撃退グッズの購入で、ようやく安心してスヤスヤと寝ることができた。が、朝起きると、あれっ、足首がやけにかゆい。見てみると、少し赤くはれ上がっていた。「敵もなかなかやりよるな」と心のなかでつぶやいてしまった。

 現地の人に聞くと、服装は長袖、長ズボンが基本で、なるべく肌を露出させないようにしているようだ。次なる防御策として睡眠時も長袖、長ズボンを身につけて、靴下もはくことにした。顔にはマスク。自分でいうのもなんだが、これでやられるわけがないぐらいの「完全防御」である。

 しかし――。
 いつ、どこで刺されたかまったく記憶にないが、また足首に新たな小さい腫れが……。
今のところ、熱を出すこともなく、元気に取材活動を続けられてはいるが、蚊に悩まされている日々を送っている。寒くなるにつれてイトゥではだいぶ減っているように思っているが、油断は禁物。「絶対に負けられない」戦いが、ブラジルで続いている。

(このレポートは不定期で更新します)

二宮寿朗(にのみや・としお)
 1972年愛媛県生まれ。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、サッカーでは日本代表の試合を数多く取材。06年に退社し「スポーツグラフィック・ナンバー」編集部を経て独立。著書には『岡田武史というリーダー 理想を説き、現実を戦う超マネジメント』(ベスト新書)、『闘争人〜松田直樹物語』、『松田直樹を忘れない。〜闘争人II 永遠の章〜』(ともに三栄書房)、『サッカー日本代表 勝つ準備』(実業之日本社、北条聡氏との共著)がある。『Sportsプレミア』で「FOOTBALL STANDARD」、携帯サイト『二宮清純.com』にて「日本代表特捜レポート」を好評連載中。