小笠原道大(2002〜03年、当時日本ハム)以来となる2年連続首位打者へヒットを積み重ねているのが福岡ソフトバンクの長谷川勇也だ。昨季は球団記録となる198安打を放ち、打率.341で初の首位打者に輝いた。今季も7日現在、打率.312でリーグ5位につけている。強力ホークス打線の中軸を担い、好打率を残せている理由はどこにあるのか。二宮清純がその打撃理論に迫った。
(写真:周囲の誰もが認める練習の虫。試合後の打撃練習が2時間に及ぶことも!)
二宮: 長谷川さんはバッティングに関しては、かなり高度な次元で追究している印象を受けます。意識しているのは“タイミングの始まり”だとか。
長谷川 はい。普通、タイミングは「1、2、3」とか、「1、2の、3」といった感じで、2と3の間で調整しますよね。だけど、そこできっちり合わせるには、その前の1と2の間隔が一定であることが大事だと思うんです。1と2のタイミングがしっかりと段階を踏んでいれば、ポンと3でバットを出すことができますし、少し抜かれても粘って対処できる。タイミングのメリハリをつけられるんです。

二宮: なるほど。では、1と2のタイミングを一定にするには何が大事なんでしょう。
長谷川: ピッチャーの投球動作に合わせてタイミングをとるのではなく、自分の中でリズムをつくっておくことですね。いつ相手が動き出してもいいように、あらかじめ自分でリズムを刻んでおく。1のタイミングがしっかりとれれば、自ずとトップのかたちも固まって、ボールとの距離感もとれる。あとは「1、2、3」のリズムの中で、それは打つボールなのかどうかをジャッジして呼び込み、スイングする。ピッチャーに合わせて振るのではなく、自分のリズムやかたちのなかにボールを入れていく感覚ですね。

二宮: 打席でのルーティンを見ていると、バットの先をピッチャー方向に向けながら、上体を揺らせて構えに入ります。その際、バットとピッチャーの距離を測るように、交互に視線を送っていますよね。これも自分のタイミングをつくる作業の一環ということでしょうか。
長谷川: そうですね。バッティングで大事なのは構えです。構えがきちんとできれば、今、話していた「1、2、3」のタイミングも段階を踏める。構えが決まっていないと、それができませんから、まずは自分のしっくりくる構えに持っていくためにルーティンを試行錯誤しています。

二宮: となると、構えでは最初のトップの位置が決まるかどうかが重要になりますね。
長谷川: はい。ただし、だからと言って、打席の中で構えがどうなっているかを意識するようでは良くないと考えています。僕も以前は、スイングがこうなっているとか、体が開いているとか、上体が上がっているとか、いろいろ気にしながら打席に入っていました。でも、そうやって気になるのはピッチャーの投げるボールとの距離感がうまくとれていないからだと思うんです。自分のタイミングで、ピッチャーとの距離感ができれば、理想とするスイングに自然と入っていく。今はそう考えています。

二宮: その境地に至ったのは、やはり首位打者を獲得した昨季あたりから?
長谷川: 去年からですね。僕の感覚ではビデオの逆再生のイメージなんです。理想の打球を打つには、いいスイングをする。いいスイングをするために、いい構えをする。いい構えに入るために、ルーティンを決める。その一連の動作を体が勝手にやってくれるように、いろいろと取り組んでいるんです。

二宮: 体が勝手に動いて、いいスイングをしてくれるように試合後も映像でのチェックや素振り、ティーバッティングは欠かさないそうですね。
長谷川: 打席や試合の中で納得できない打席があって、明確に原因が分からない時は、試合後すぐに映像を見て、何が問題なのか探ります。そしてミラールームで、すぐに修正にとりかかります。
(写真:2008年に左手小指を骨折。その影響で小指が曲がった状態になったため、右手の上にかぶせる独特のグリップを編み出した)

二宮: たとえ、結果が出ていても納得がいかなければ練習すると?
長谷川: 悪い時はもちろんですが、むしろ、いい時であればあるほど、その感覚を徹底的に吸収したいのでビデオを見て練習しますね。いいイメージを焼き付けて、それを体に植えつける。バッティングは波があるものですが、そうしておけば調子が悪くなるのを最小限で食い止められると思うんです。1年間、活躍するには調子が悪くなってから練習するのでは遅い。調子がいい時こそ、とにかく練習して自分を甘やかさないように心がけています。

二宮: 状態が良い時に、悪くなった場合を想定してのリスクマネジメントをしているわけですね。
長谷川: そうすることで、ひとつひとつの打席の結果を引きずらないようになりました。たとえ、凡打で良くない打席が続いても、原因を探って、また一生懸命、練習すればいい。試合後の映像チェックと練習で、スパッと次の日に向けて切り替えられるんです。その意味でも試合後の練習は僕にとっては欠かせない作業ですね。

二宮: 長谷川さんの打撃に対するこだわりは、元広島の前田智徳さんに似た雰囲気を感じます。前田さんは納得のいかない打席だと、たとえヒットでもニコリともしませんでした。
長谷川: 1年間の約650打席すべてを納得するかたちで終わりたい。それが僕の理想ですね。ヒットになっても打ち損じたり、「なんで、あんなところへ飛んだんだろう」と思うような当たりだとうれしくないんです。過程と結果が一致すれば、もし三振であっても納得します。「これはピッチャーがいいコースに投げたから打てなかったけど、もしボール1個でも中に入ったり、高く浮いたら、確実にヒットゾーンに運べる」と思えますから。たまたま飛んだコースが良くて、ヒットになっただけなら凡打と一緒。僕はそうとらえています。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2014年7月19日号)では長谷川選手の特集記事が掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>