以前、このコラムで紹介した「渋谷運動会」が3月3日、東京都渋谷区・広尾高校体育館にて行われました。このイベントの詳細については改めて、じっくりとお伝えします。


 さて、2020年の東京パラリンピック開催を控え、全国各地ではパラスポーツ関連のイベントが盛んに行われています。私たちSTANDでも様々な地域で、いろいろな方たちと協力してパラスポーツや新しい気付きのためのスポーツ体験イベントを実施しています。また、全国の自治体や学校でもそうしたイベントの開催が増えています。


 イベント後には来場者からの「面白い」「すごい」「かっこいい」という感想をよく耳にします。ひと昔前は、障害のある人がするスポーツがあることも知られていなかったり、耳にしたことがあったとしても「リハビリ」のイメージが強かったりしました。その時代と比べると、イベントを見て「面白い」「すごい」などの感想を持ってもらえること自体に隔世の感があります。

 

 しかし、気になることがあります。来場者も主催者も「パラスポーツを見る、知る、ふれあい、体験」することが、イコール「共生社会につながる」と単純にパッケージとして捉えてしまっていないか、ということです。

 

 パラスポーツを一度見たことがある。体験会で一度プレーしたことがある。すごかった。面白かった----。こうしたライン上にみんな立ち止まってしまっているのではないか、と危惧しています。パラスポーツを見たり体験したりして感想を持つことは、スタートラインに立ったことだと考えています。「ああ、すごかった」で立ち止まっていてはもったいないのです。

 

 以前、このコラムに書いたように、障害というのは人にではなく社会にあります。障害の医学モデルから社会モデルへと目を転じ、意識を変えていくことが重要です。

 

 障害がその人にあり、本人がそれを取り除き、克服しなければならないと考えるのが医学モデルです。対して社会モデルは、歩けない人が困るのは歩けないつくりになっている社会に問題がある。解決するのは社会の責務であるという考え方です。社会モデルは障害のある人も障害のない人と同様に移動できる社会に変えていこう、そうした仕組みをつくろうというものです。

 

 体験会などのイベントを行った際、「面白かった」などの感想で終わらず、社会モデルへの気付きや理解へと進むことが何よりも大切です。体験イベントとは、もう「パラスポーツを知ってもらう」というだけのものではなく、「社会を変えるため」の段階にあるのです。

 

 一例をあげてみます。ある小学校で車いすバスケットボール体験会を実施したときのことです。児童と選手はとても仲良くなりました。選手のプレーはもちろん、生き方もかっこいい。子どもたちは「じゃあ、教室に遊びに来てね。給食を一緒に食べよう」と誘ったが……。その学校には階段しかないので選手は教室に行けなかった。そのときに選手が聞きました。「みんな障害ってどこにあると思う?」。子どもたちは「階段!」と答えました。

 

 車いすバスケが面白いかっこいいだけで終わるのではなく、こんなにすごい選手が教室のある2階に行けないのはなぜ? 選手が原因ではなくて階段しかない建物の方に障害があるのでは? というところまで理解が進みました。後日、児童たちは選手が次に来るときのために学校にスロープをつくったのです。

 

 こうした理解や動きが起きるような仕組みを内在させ、イベントが社会を変えるきっかけになってほしい。パラリンピック開催までの1年間はその好機です。集中してそうしたイベントを開催したいと考えています。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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