(写真:男子優勝の中村<左>。明日が27歳の誕生日。「良い誕生日プレゼントとなった」と喜んだ)

 15日、2020年東京オリンピック日本代表選考会のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が東京・明治神宮外苑発着点に行われ、男子は中村匠吾(富士通)が2時間11分28秒で優勝した。2位は8秒差で服部勇馬(トヨタ自動車)、3位には13秒差で大迫傑(Nike)が入った。女子は前田穂南(天満屋)が2時間25分15秒で制した。2位は3分47秒差で鈴木亜由子(日本郵政グループ)、3位は3分51秒差で小原怜(天満屋)だった。中村、服部、前田、鈴木は東京オリンピック代表に内定。大迫と小原は同代表に一歩近付いた。

 

 日本陸上界初の試みとなる新たなマラソン代表決定戦MGC。男女各2位以内がオリンピック代表に内定する。東京オリンピックの発着点・新国立競技場は建設中のため、秋には紅葉の名所となる明治神宮外苑のいちょう並木を発着点となった。この日は秋の晴天に恵まれ、26度を超える暑さが男子30人、女子10人が出迎えた。

 

(写真:瀬古プロジェクトリーダー<左>は「設楽君には敬意を表したい」と積極的なレースを展開した姿勢を評価した)

 先に号砲が鳴らされたのは男子だ。スタートからいきなり飛びしたのは設楽悠太(Honda)。昨年の東京マラソンで日本新をマークした前日本記録保持者だ。レース前に前半から仕掛けることも示唆していたが、その言葉通りの先行逃げ切り策となった。1km2分57秒ペース。2位以下を15秒以上離しての大逃げを図った。

 

 一人旅の設楽だが、5km通過は14分56秒、10km通過は29分52秒と安定したペースを刻んだ。一方、設楽と並び“4強”と称された井上大仁(MHPS)、服部、大迫らは牽制し合いながら大きな集団を築き、設楽を追いかける。設楽は2位以下に5km通過で1分、10km通過で1分44秒とリードを広げた。

 

 トップの設楽は15km通過は少しペースが落ち、44分59秒だった。それでも大迫が昨年10月に樹立した日本記録より1秒遅いペース。2位集団との差を2分13秒も離した。20km通過は少し差を詰められたものの、依然として独走態勢は変わらない。このまま逃げ切るかと思われたが、前半のダメージが後半の彼を苦しめた。

 

 落ちたペースが戻らない設楽に対し、2位集団との差はどんどん縮まっていく。30km通過で1分17秒、30km通過で35秒と、次第に設楽の背中をとらえる。そして37km過ぎ、設楽は最後の上り坂の給水ポイントで一気に抜かれた。

 

(写真:4度目のマラソンで初優勝を成し遂げた中村。「プレッシャーなく挑めたのが良かった」)

 最後のヤマ場で設楽を置き去りにし、9人が先頭集団を形成した。38km過ぎにスパートを掛けたのは中村だった。名門・駒澤大学出身で26歳は「後半勝負」を想定していた。レース前のプランでは「40km付近」。少し早めの仕掛けとなったが、力強い走りで後続を突き放しにかかる。

 

 集団で中村に食らいついたのは前評判の高かった服部、大迫だ。苦悶の表情を浮かべながら大迫は中村を追いかけたが、41km過ぎで置いていかれた。再度のスパートで完全に引き離し、中村は最後の直線で抜け出した。大迫は「後半に脚が残っていなかった」と肩を落とした。

 

 中村はそのままトップでフィニッシュ。“4強”の牙城を崩し、2時間11分28秒で、東京オリンピックのマラソン日本代表内定第1号となった。
「自分自身のベストなパフォーマンスをすることができた。これから1年、オリンピックに向けて精一杯頑張っていきたいと思います」

 

 8月9日開催される東京オリンピックの男子マラソン。酷暑が良そうされているが、中村は暑さに対して自信を持っている。「夏に大崩れしたことがなく、毎年ピークを持っていけている」。自らの強みを生かしての逆転劇だった。

 

(写真:服部は今大会に備え、山道を走るなど終盤の坂対策の練習を行っていたという)

 

 2位争いは服部が「3番目では内定にならない。“必ず2位になる”という気持ちだった」と、大迫を抜き去った。中村のフィニッシュから遅れること8秒。2時間11分36秒で東京オリンピック内定を手にした。「大学時代から東京オリンピックを目指していました。そのスタートラインに立てるのでうれしいです」と喜んだ。

 

 10人の少数で行われた女子は男子から遅れること約20分後にスタートした。飛び出したのは一山麻緒(ワコール)だ。今大会最年少22歳の一山がレースを引っ張った。序盤から野上恵子(十八銀行)、松田瑞生(ダイハツ)、岩出玲亜(アンダーアーマー)が出遅れた。

 

 一山、前田、鈴木ら7人で形成された集団は5kmを16分31秒で通過した。10kmを通過する頃には前田が先頭に代わる。優勝候補に挙げられていた前田と鈴木は18.5km過ぎに抜け出し、マッチレースの様相を呈した。

 

(写真:武富監督<右>の教え子5人目の五輪代表。「競技を生活の一部にし、集中している」と前田を評す)

 166cmと出場選手最長身の前田は、長い手足を生かした大きなストライドで快走を見せる。20kmで鈴木を引き離し、単独トップに立った。中間地点の通過タイムは1時間11分5秒。25km通過で鈴木に40秒近い差をつけ、独走した。

 

 20kmで抜け出した前田は「仕掛けたつもりはない」と振り返る。それでも周りは彼女についてこれなかった。「ペースは考えず自分の感覚で走った」。前田は30km通過が1分22秒、35km通過が2分、40km通過が2分48秒と、2位との差を広げていく。

 

 2時間25分15秒で誰よりも早くゴールテープを切った。17年の北海道マラソンを制し、MGC出場権獲得第1号となった前田が、東京オリンピック出場権獲得第1号となった。意気込みをこう口にした。
「世界で戦えるように金メダルを目指し、練習に取り組みたい」

 

 鈴木は2分29秒02で2位。小原に4秒差まで詰められたが、東京オリンピックの代表権は守り抜いた。昨年の8月、初マラソンで北海道マラソンに優勝した。2度目のマラソンは「後半は苦しい走り。課題が残り、マラソンの怖さを知った」というほろ苦いものになった。

 

(写真:多くの注目を集め、大勢のメディアが詰めかけた。沿道の観客は52万人を超えた)

 これで男女2枠ずつが埋まり、東京オリンピック代表は残り男女1枠ずつとなった。現状は3位の大迫、小原が一歩リード。MGCファイナルチャレンジ(男子は19年福岡国際マラソン、20年東京マラソン、同年びわ湖毎日マラソン。女子は19年さいたま国際マラソン、20年大阪国際女子マラソン、同年名古屋ウィメンズマラソン)で設定記録(男子は2時間5分49秒。女子は2時間22分22秒)を突破する者がいなければ2人がオリンピック代表に決まる。

 

 熱き戦いを繰り広げたMGCは幕を閉じた。日本陸上競技連盟の尾縣貢専務理事は「東京オリンピックを考えれば最高の条件、状況であったと思います。暑さの中で勝ち抜いた選手たちは東京オリンピックで活躍する」と総括した。瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「プレッシャーの中で走ることが成長に繋がる。日本のマラソンが絶対強くなると、今回で確信した」とMGC効果に胸を張る。

 

 河野匡長距離・マラソンディレクターが「本当の戦いはこれから」と話したように本番は1年後だ。今回は東京オリンピックのテストマッチとなったが、来年は更に暑く、厳しい戦いが待っている。

 

(文・写真/杉浦泰介)