さる8月31日、群馬県富岡市において「お蚕さんとアスリートを応援しよう!プロジェクト」のキックオフイベントを開催しました。(*1)。ご存知のように富岡市は世界遺産「富岡製糸場」があるまちです。お蚕さんでアスリートを応援とは、いったいどういうプロジェクトなのでしょうか。


 私が富岡市を初めて訪れたのは一昨年のこと。障害者雇用の総合会社であるパーソルサンクス株式会社が開設したとみおか繭工房を訪ねました。

 

 ここでは群馬県の養蚕産業と障害者雇用をつないだ事業が行われており、地元の障害のある人が養蚕、絹加工に従事しています。同社・中村淳社長とお話しているうちに、「せっかくの2020大会に向け、地元の伝統産業である養蚕をいかして何かできないものか」との思いが強くなりました。

 

 しばらくすると中村社長から「では、伊藤さん。まずはお蚕さんを飼育してください。富岡市に手配しました」と言われました。え、お蚕さんを育てる!? 戸惑いながらも言われるがまま、初飼育に挑戦することになりました。

 

(写真:100頭のお蚕さんを初飼育した)

 そして、いよいよお蚕さんがやってきました。1.5センチくらいの幼虫が100頭(匹ではなく頭と数えます)、ミニトマトのような透明なパックに入っていました。最初はちょっとギョッとしました。幼虫は脱皮を繰り返し8センチくらいになり、その後、繭をつくります。そのお世話をするのです。「触れるかなー」と心配したのは最初だけで、次第に愛おしくなり、「この子たち」と呼ぶようにまでなりました。さて、これを2020大会に向けてどのように活用しようか……。

 

 群馬県には2020大会のホストタウン(*2)が富岡市も含めて9つあります(19年8月現在)。全国にはホストタウンは350あり、それぞれが地域の特性を活かしたおもてなしを行っています。どのホストタウンも「どうやって海外アスリートと交流し、おもてなしするか」が悩みのタネでもあるのです。

 

「何をしようか」と考えているうちに、お蚕さんをたくさんの人に育ててもらい、そこからとった絹糸で絹製品を作り、それでアスリートを応援できたら、という案が浮かびました。そこで、ホストタウンの子どもたち、障害のある人、みんなにお蚕さんを育ててもらって、それを布にして「箸入れ」をつくることになりました。選手団がホストタウンに合宿に来たときに、みんなでプレゼントを持って応援に行きます。

 

(写真: 繭、そして絹糸から絹製品へ)

 お蚕さんを育て、2020大会という絶好の機会に伝統産業とスポーツをつなぎ、ホストタウンの方々と海外の人たちが継続的な関係を絹でつないでいく。主催者のひとりとして手前味噌ではありますが、なかなか良いプロジェクトだと思っています。お蚕さんを育てるところから取り組むので、「お蚕さんがやってきた」「脱皮した」「繭になった」「製糸工場で絹糸にした」「絹製品が完成」「プレゼントしました」と、参加した人が何度も関わることができます。地元産業のPRにもぴったりです。

 

 8月のキックオフイベントでプロジェクトがスタートしました。この10月には富岡市から提供されるお蚕さんが、各ホストタウンに配布され、お蚕さん飼育が始まります。地域の伝統産業とつながり、自分の手で育てたもので2020大会に関わっていく。それだけでなく今後、県内のスポーツイベントへも関わっていこうという声も関係者から上がっています。すっかりお蚕さんのトリコになった私は、2020年以降へとつなげていくための作戦をすでに「あたため中」です!

 

*1) 主催:お蚕さんとアスリートを応援しよう!プロジェクト実行委員会(富岡市・ 富岡シルクブランド協議会・ NPO法人STAND)共催:群馬県・前橋市・高崎市・太田市・沼田市・川場村
*2) 2020年東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、スポーツ立国、グローバル化の推進、地域の活性化、観光振興等に資する観点から参加国・地域との人的・経済的・文化的な相互交流を図る地方公共団体のこと。

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。
 

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