第237回 ドネアの意地に感銘、そして井上尚弥のこれから。
見応え十二分のグレーテスト・ファイトだった。優勝を果たした“モンスター”の勝負強さを賞賛するのは勿論だが、敗者に甘んじた“レジェンド”の意地に強い感銘を受けた。
昨日(11月7日)、さいたまスーパーアリーナで行なわれたWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級決勝戦、井上尚弥(大橋)vs.ノニト・ドネア(フィリピン)のことである。
戦前の予想は、「尚弥の圧勝」だった。
イギリスの大手ブックメーカーでは、尚弥の勝利が1.14倍、ドネアの勝利は5.5倍。賭け率は、およそ「5-1」。多くのファンが尚弥の早いラウンドでのKO勝ちを期待し、それが現実に起こると考えていたのだ。
それは至極、真っ当な見方だったと思う。
ドネアは、フライ級からフェザー級までの5階級を制した偉大なる世界チャンピオンだ。
とはいえ、すでに36歳。全盛期は過ぎている。長谷川穂積を破ったフェルナンド・モンティエル(メキシコ)に2ラウンドTKO勝ち(2011年2月)、西岡利晃に9ラウンドTKO勝ち(2012年10月)した時のような勢いとキレはない。
対して、26歳の尚弥は、いま全盛期を迎えつつある。WBSSバンタム級トーナメントにおいて、1回戦でファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)に1ラウンドKO勝ち、スコットランドの準決勝でも無敗のIBF王者を2ラウンドTKOで下した。2試合合わせて所要時間は僅かに5分59秒。
世代交代がこの試合のキーワードとなっていた。
WBSSというビッグなトーナメントの決勝戦であるにもかかわらず、ドネアは、“かませ犬”と見られていたのである。
だが、そうではなかった。
尚弥はプロデビュー後、最大の苦戦をしいられた。
“モンスター”は本格海外進出へ
全盛期を過ぎてもなお、ドネアの左強打は健在、そして闘志も衰えていなかった。
2ラウンドには左強打をクリーンヒットさせ、尚弥の右眉下をカット、3ラウンドには鼻から出血もさせる。前へ出て果敢に打ち合い、“モンスター”にペースを握らせなかったのである。
そして9ラウンドには「ダウンを奪うのでは」と思われるシーンも現出する。
強打を複数浴びせ相手の動きを止める。ここでは、カウンターを狙ってしまい攻めきれずも、尚弥がクリンチに逃れるシーンをつくり多くのファンを驚かせた。
11ラウンドに左ボディブローを刺されマットにヒザをつく。それでも、尚弥にトドメを刺すことを許さなかった。
敗れるも戦前の展開予想を覆す大健闘。“レジェンド”の意地が、今年の世界年間最高試合との呼び声も高いグレーテスト・ファイトを生みだしたのである。
さて、WBSSを見事に制した尚弥は、東京オリンピックが開催される来年、2020年に本格的に海外進出を果たす。試合後に、米国の大手プロモート会社「トップランク」と複数年契約を結ぶ運びとなったからだ。
「来年は彼の試合を米国で2つ組むことになる。そして年末には日本での試合も検討中だ」(「トップランク」トッド・デュボフ社長)
対戦相手には、トーナメントを途中棄権したWBO世界バンタム級王者のゾラニ・テテ(南アフリカ)、この日、弟の拓真を下したWBC世界同級王者ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)、そして、山中慎介戦で計量オーバーをし物議をかもした“問題児”ルイス・ネリ(メキシコ)らの名が挙がっている。
尚弥は言う。
「自分のキャリアが今後、どのようになるかは把握しているし覚悟もしている。誰が相手でも厳しい闘いにはなると思うが、さらに練習を積んで一戦一戦クリアしていきたい」
2020年春、井上尚弥ストーリー第2章「メジャー舞台編」が始まる――。
最後にドネアの今後。一部ではラストファイトになるのではとも報じられたが、まだグローブを吊るすつもりはないようだ。周囲にこう話している。
「少しゆっくり休む。今回の試合で私は学ぶことが多くあった。そして、まだ高いレベルで闘えることは証明できたと思う」
近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)。
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