「仮定の質問にはお答えできません」という答弁も相当だが、失望させられた度合いではこちらも負けていなかった。IOC委員にして世界陸連会長のセバスチャン・コー氏の発言である。

 

 1月24日付のスポニチにはこうある。

 

「24年のパリ、28年のロサンゼルス開催をずらして24年大会を東京で実施することは『現実的ではない』との見解を示した」

 

 読んだ瞬間、「これってブリティッシュ・ジョーク?」と思いたい自分がいた。現実的ではない? あの、世界中がコロナ禍に覆われ、昨年開催される五輪が1年延期されただけで、十分「非現実的」なのですが。

 

 なぜ、昨年の東京にはできた大会の延期を、それも開催まで半年を切った段階でも可能だった延期を、大会まで3年あるパリ、7年あるロスに求めることが「現実的ではない」のだろうか。

 

 大変? 金額的な損害か生じる? あの、仮にパリやロスでの開催が順延になった際に生じるものよりもはるかに強烈な痛手を、すでに日本は被っているのですが。甚大なダメージを受けた日本をあっさり切り捨てる一方で、パリやロスには苦労や損をさせたくないと?

 

 同じ日のスポニチには、豪州水泳連盟のパーキンス会長がバーチャル形式を含めた代替大会の開会を提案した、という「非現実的」ニュースもあった。こちらは大いに納得できた。根底にあるのが、明らかに競技者第一の発想だから。

 

 だが、大会のさらなる順延を「現実的ではない」とするコー会長の言葉からは、自分たち以外の存在に対する配慮が伝わってこない。感じたのは、IOCエリートの選民意識。彼らにとって、五輪とは「ともに開催するもの」でも「開催してもらうもの」でもなく、「開催させてやるもの」でしかないらしい。

 

 五輪の開催に反対する意見が9割に迫ろうかという日本だが、これから迎えるプロ野球やJリーグ、高校野球の開催はさしたる逆風を受けていないという印象がある。いまだ声高に五輪開催を叫ぶ方々はその理由に思いを馳せたことがあるだろうか。なぜ五輪だけがこんなに不人気なのか、と。

 

 わたしの個人的印象。数あるスポーツ・イベントの中で、五輪ほど自分たちの都合を優先させているように見えるところはないから。

 

 その最たる例がワクチンに対する考え方。反対する方もいらっしゃるようなのでホッとするが、IOCには選手たちにワクチンを優先接種して大会を開催しよう、とする動きがあった。

 

 えー断言します。もしNPBが、Jリーグが「開催のために選手たちのワクチン接種を優先します」と宣言したら、一瞬でいまの五輪と同じ立場に立たされます。それがいまの日本の、いや、おそらくは世界の民意。というか、開催のためならワクチンを確保して当然というIOCの選民意識に、ただただ驚愕します。

 

 誰かの、何かのために。

 

 多くの人が、五輪を開催しようとする人たちからそんな空気を感じるようにならない限り、状況は絶望的。この際、日本人からも「非現実的」な提案をIOCにぶつけていかないと、彼らだけに都合がいい「現実的」な案とやらを押しつけられるハメになりそうな予感。

 

<この原稿は21年1月28日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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