日曜日、わたしの涙腺は息子の幼稚園卒園式以来の大決壊を起こしてしまった。いや、本当に凄かった。池江璃花子さん。わたしだけでなく、ヨメまで号泣。息子だけがキョトン。

 

 個人的には、アスリートの口から、「希望を与えたい」とか「勇気づけたい」とかいう言葉を聞くたび、「いやいや、自分でいうなよ」と思ってしまうわたしである。

 

 スポーツによって勇気や希望をもらう人がいるのは素晴らしい。でも、それはあくまでも結果論であって、アスリートが軽々しく目標として口にしてしまうのは違うだろ、と。

 

 池江さんがそうしたことを口にしていたかどうかは、知らない。けれど、彼女だけは、彼女であれば、口にしてもいいと思った。

 

 10年前、なでしこたちはその活躍で日本人――というか、わたしの気持ちを前向きにしてくれた。国民栄誉賞というものにどんな意味や価値があるのかは知らないが、国として賞を与えたくなる気持ちはわかった。

 

 今回、池江さんがやったことは、10年前のなでしこに匹敵する、いや、それ以上のことかもしれない。

 

 つまり、東京五輪が無事に開催され、成功裏に閉幕を迎えた時、開催に後ろ向きだった世論を、機運を、彼女の泳ぎこそが変化させた、と記憶されることになるのではないか、と。実際、池江さんの復活を契機にしようととびついた方もいた。

 

「オリンピアンたちは決して諦めない。(中略)東京で会うことが待ちきれない」

 

 たかが一国の、たかが一競技の代表内定に、IOCのバッハ会長が言及したのである。むろん感動したがゆえのツイートだったのだろうが、日本の世論に相当神経質になっていた、ということでもあるのだろう。ここまでくると、IOCとしては、日本のギブアップが一番怖いだろうから。

 

 残念ながら、コロナ禍以降のIOCの動きには、アスリート第一、観客第一というよりは自分たちの利益第一、スポンサーの意向第一としか思えない部分が多すぎた。海外からの観客を受け入れないという決断を認めておきながら、スポンサーの入国を模索していると聞いた時には、怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。さすが、女性蔑視を理由に組織委員会会長を見捨てておきながら、より深刻な人権問題については黙殺するだけのことはある。

 

 なので、池江さんの偉業に対するバッハ会長のツイートも、何か魂胆が隠されているような気がして。

 

 このコラムを書いている21年4月7日午後4時現在、東京五輪に関するわたしの立ち位置は「できることならば開催してほしい。けれども、人の命を犠牲にしてまではやってほしくない」というところ。コロナ第4波が襲来したと言われるいまは、正直、厳しいかな、と思い始めてもいる。

 

 池江さんの泳ぎには猛烈に感動したし、何としても彼女を檜舞台に立たせてあげたい、と思う反面、彼女を大会の象徴にしてしまってはいけないとも思っている。結果的に象徴となるのはいい。でも、最初から外野が象徴として祭り上げてしまってはいけない。

 

 池江璃花子は池江璃花子。それ以上でもなければ、それ以下でもない。一人でも多くの人がそう肝に銘じること、余計なものを背負わせないことが、彼女を守る唯一の道ではないか。奇蹟に号泣した人間の一人として、まずは肝に銘じます。

 

<この原稿は21年4月8日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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