年齢を重ねることの利点の一つは、若いころに比べると気持ちが揺れなくなること、ではないかと思う。

 

 そろそろ四捨五入すると60歳になるわたしは、だから、笹生優花の全米女子オープン優勝を、穏やかな気持ちで受け止めることができた。また一つ、ガラスの天井が打ち破られた。また一つ、日本人が世界で戦う上での障壁がなくなった。そう思った。

 

 山県亮太が日本人4人目となる100メートル9秒台に突入したと聞いた時は、感慨深いものが込み上げた。二十数年前、騎手の福永祐一のリハビリに付き合うことになった鳥取のスポーツクラブ。代表の小山裕史さんに「初動負荷」理論の説明を聞きながら、思わず問い返してしまったこと。

 

「じゃ、日本人でも9秒台に入れるってことですか」

 

 小山さんがにっこり笑って答えたこと。

 

「もちろん。絶対に」

 

 スポニチは「あかん、優勝してまう」というなかなかに斬新な見出しを打った。Numberも何年ぶりかの大特集を組む。阪神、凄い。でも、気もそぞろというか、実際に仕事をキャンセルしまくって虎を追いかけた03年に比べると、わたしの気持ちはいたって穏やかである。道頓堀に飛び込むべきか、本気で悩んだりはもうしないし、泣きながら六甲颪(おろし)を歌ったりもしない。ほう、佐藤がきょうも打ったか。ふむ、長嶋を超えるか。え? バース様に追いつく? ど、どないしよ……と取り乱したりはしない。たぶん。

 

 だが、「これ」を見た時は狼狽(ろうばい)した。激しく、と言ってもいいぐらい、狼狽した。マジですか。ギャグですか。てか、誰のカネ?

 

「国際スポーツイベントボランティアの誘導案内業務」

 

 それは、「オリンピックのアルバイト」を検索していたら出てきた。勤務期間は(1)7月23日~8月8日か(2)8月24日から9月5日。わたしの知る限り、この期間に東京で開催される「国際スポーツイベント」は、それほど多くない。まあ、いい。わたしを激しく狼狽させたのは、その業務内容だった。

 

「ボランティアの方々を集合場所から入場ゲートや配置場所まで誘導案内」するのが仕事? で、時給は1600円????

 

 魂を消すと書いてたまげると読むが、この求人を見た瞬間、我がスポーツライター魂、吹っ飛びかけました。国際大会にボランティアはつきもの。わたしも世界各国で、お世話になってきました。大会の成否、あるいは印象を決定づける役割、といってもいい。

 

 ただ、国のため、スポーツのため、客人のため、とにかく、他者のために無償で尽くす人たちを、「案内」する人が最低時給を大幅に超える額を手にするなんて、見たことも聞いたこともない。

 

 しかも、この募集をかけていたのは、旅行代理店だった。コロナ禍で苦境にあると思っていたのだが、この気前のいい大盤振る舞いはどうだろう。

 

 てか、本家本元の支払い主はどちらさまですか?

 

 五輪を司る方々は、実に手軽に「スポーツの力」なる言葉を口にする。ただ、その方々が「ボランティアの力」をどう考えていたかは、これではっきりした。

 

 FUざけんな!(誤字ではありません)

 

 ということで、目下、わたしの内部で劇的な若返りが起きつつあります。この問題に関する限り、四捨五入で60歳になるおっさんの気持ち、揺れまくりです。

 

<この原稿は21年6月10日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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