子育てをしながらパラスポーツで活躍している、いわゆる「ママアスリート」と話したときのこと。彼女は「ママさんアスリート、と言われることに違和感があるんですよ」と語りました。曰く「ママさんアスリート頑張れ! ママなのにすごい! 子育てと両立してすごい! 子連れでトレーニングすごい!と、褒められるのは嬉しいのですが……。でも、"パパアスリート頑張れ!!""パパなのにすごい!"って、ほとんど聞かないですよね~」と。

 

 ふと、自分のことを思い出しました。私は28歳のときに起業しました。今から30年も前のことで、前例が少なかったこともあり、「女性なのに」という枕詞がついていました。「女性なのに」の後には、「よく頑張っているね」「思い切ったね」「すごいね」「嫁にいかなくても、一人で生きていけるね」などの言葉が続きました。一つひとつに目くじらを立てることはなく、素直に「褒めていただいている」と受け止めていました。でも、自分の中に覚えた小さな違和感は、心のどこかにずっと棲み続けていました。やがて時間が経過し、今、このようなことを言われることはありません。

 

 家庭を持つ女性アスリートが、「ママであることで」すごいと言われるのには、当然、尊敬の気持ちが込められています。でも、同時に偏見もまた混在しているのです。先のパラアスリートの言葉ではありませんが、「パパさんアスリート」とはあまり聞きませんからね。

 

 出産などにからくる肉体や精神に関することだけでなく、こうした発言には社会的なバイアスも関係しているのだろうと推測します。

 

 まだまだ一般的に家事は女性がするものという固定観念があり、彼女らはそれを引き受けた上でさらにアスリートとして活動しているからすごい、という素直な敬意からきた「ママアスリート」なのでしょう。これは「家事=女性」の前提に疑問を持っていないことを象徴しています。

 

 パラスポーツに関わり始めた頃、電動車いすサッカーを小学生に体験してもらったときのことです。大人の感想は押しなべて、「(障がいがあるのに)すごい」でした。しかし、子どもはカッコ書きなしで、「すごい! かっこいい!」と感想をぶつけてきます。この違いにとても感銘を受けた記憶があります。

 

 カッコ書き抜きで「かっこいい!」と言った子どものような「バイアスなし」の状態に、意識や意欲を持って進んでいきたいと考えています。

 

 多様性と調和--。いつもは「障がい」に対峙していますが、オリンピック開催中にあたり、他にも少し考えてみたことのひとつです。多様な生き方には、もっと多くの領域があります。東京オリパラは、それに気づかせてくれる好機でもあるのです。

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。
 

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