河内彩衣琉(Bears Camellia/愛媛県伊予市出身)最終回「強くなるための準備の時間」

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 2018年春、河内彩衣琉(こうち・あいる)は松山大学に入学した。高校(松山商業)時代、同大の練習に参加していたこともあり、「他の選択肢はなかった」という。松山大は16年全日本女子大学対抗駅伝競走(全日本女子大学駅伝)で初優勝を果たし、リオデジャネイロオリンピック日本代表も輩出した。「私も世界大会に出場したいし、絶対大学駅伝で走りたいと思っていました」。そう意欲を持っていた進学した河内だったが、大学4年間は思うように走れない日々が続いた――。

 

 まずは大学1年。寮生活は苦にしなかったものの、高校時代の事故で痛めたヒザが完治しなかった。そのため、「夏合宿の最終週くらいから、ようやく走れた」と復帰に半年以上の月日を要した。その間、河内は気持ちを切らさず、ウエイトトレーニングを精力的にこなしていたことが功を奏した。

 

「復活の勢いでポンポンいけた」。目標のひとつだった全日本女子大学駅伝に出場した。3区(6.8km)を任され、区間4位という上々の走りを見せた。松山大の5位入賞に貢献。11月には1万mで32分58秒50をマークした。この時の記録が現在も彼女の自己ベストというのが、その後の苦労を物語っていると言えよう。5000mの16分17秒60もこのシーズンに記録したものだ。年末の全日本大学女子選抜駅伝競走大会(富士山女子駅伝)にも出場することができた。

 

 秋に復活できたこともあり、“今季こそは”と臨んだ大学2年時ではあるものの、坐骨神経痛に悩まされた。「ほぼ1年、ずっと痛かった」。焦りからか完治せずに走っては痛めての繰り返し。「自分の気持ちのコントロールができなかった」という2年時を終え、迎えた3年時も「治療に行ってばかりでした。それでも全然良くならなかった……」と苦しんだ。全日本女子大学駅伝、富士山女子駅伝には出場したものの、会心の走りとはいかなかった。

 

 秋には交通事故に遭う不運に見舞われた。この年は監督が交代するなど、精神的もつらいシーズンだった。結局、最終学年となってからも競技人生は上向かなかった。

「とにかく走れなかった4年間だった」

 そう振り返るほど、苦しんだ大学生活だった。不完全燃焼だったからこそ、競技を続けようと思ったのかもしれない。

 

 マラソンへのこだわり

 

 そして“未完”の長距離ランナーの物語は現在に戻る。今年4月、創部したばかりのベアーズ女子陸上部Bears Camellia(ベアーズカメリア)に入部してからは、順調に事が運んでいるようだ。「今は走れる身体をつくっている」と河内。ベアーズカメリアの監督を務める高柳祐也は「ベアーズカメリアに来て、少し体重も増えてきた。今はボディメイクというところに力を入れています。今は速くするより、強くすることがテーマです」と指導方針を明かす。

 

 河内とは毎月面談をし、コミュニケーションを図っている。「今はまだチームでは一番走れていない。それでも諭してレースにもあえて出していません。この痛みなら走っていいのか、悪いのか。勉強させている段階です」という。我慢の時間が続くが、河内は身体づくりに励む。直近の目標は12月のレースまたは記録会出場である。

 

 将来的な目標はマラソン挑戦。そして日本代表に入ることだ。

「私はマラソンを走りたいとずっと思っています。マラソンで日本代表になることが一番の目標です。入社前、高柳監督と話した時に『4年後に走ろう』と決めました。今はそれを実現するために頑張っています」

 

 なぜマラソンにこだわるのか? 本人の推測はこうだ。

「たぶん親の影響かなと思います。私は昔から“マラソンを走りたい”って言っていました。周りから、よく“マラソンでオリンピック行けるよ”と声を掛けてもらっていたから自分もその気になって言っていたのかなと思います」

 父・勇人は「彩衣琉の才能は諦めの悪いところですね。マラソンで大事なのは粘り強く諦めないことですからね」と語っていた。その点は指導者たちも同様のことを口にしていた。

 

 松山商時代に河内を指導した陸上部顧問の濱田定幸は「将来マラソンをすれば日の丸をつける選手になれる、と思いながら3年間指導していました」という。

「ストイックに自分を追い込めること。きつい練習も苦にしない選手ですから、身体さえしっかりつくって練習をすれば自ずと結果はついてくると思っていますし、今でもその思いは変わりません」

 

 高柳も「彼女は距離を踏むことに抵抗はない。心の準備はできています。あとは身体だけ」とマラソン挑戦に太鼓判を押す1人だ。過去を振り返れば、“無事是名馬”の競技人生ではなかったものの、きちんと練習を積めれば結果を残せるという自負が河内にはある。

 

 愛媛県伊予市出身の23歳、“未完”の長距離ランナーの競技人生はまだ折り返し地点に過ぎないのかもしれない。今は前方を走るライバルたちを追い越すため、そして強くなるための準備の時間だ。河内は「努力は裏切らない」の座右の銘を胸に、ゴールを目指してひた走る――。

 

(おわり)

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河内彩衣琉(こうち・あいる)プロフィール>

1999年4月2日、愛媛県伊予市出身。父親の影響で物心つく前から陸上を始める。少年団には所属せず、陸上、競泳、トライアスロンの大会に出場した。トライアスロンでは2013年に日本トライアスロン連合のジュニア強化選手に選ばれ、14年には日本ジュニア選手権(U15)6位入賞という実績を残した。松山商進学後は陸上に専念。全国高校総合体育大会(インターハイ)には2年時と3年時の2度出場した。18年に入学した松山大では、ケガで苦しんだものの、2年時に19年の中国四国学生陸上競技対校選手権大会(中四国インカレ)1万mで優勝を果たした。4年間で大学駅伝の全国大会は5度出場。今年4月からベアーズに入社し、同社女子陸上部のBears Camellia(ベアーズカメリア)で、マラソンの日本代表入りを目指している。1万mの自己ベストは32分58秒50。5000mは16分17秒60。身長158cm。

 

(文/杉浦泰介、写真/ベアーズ提供)

 

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