ロスタイムには、魔力がある。
 全試合時間におけるほんの数%にしかすぎないこの時間帯に起きた出来事は、ほぼ終わりかけていた試合の印象をすべて塗り替えてしまう。時に劇的に、そして時に残酷に。
 イラクのオムラムに許したヘディングシュートがロスタイムに生まれたものでなかったら、“ドーハの悲劇”なる言葉は生まれなかっただろうし、W杯出場が日本人にとっての悲願となるまでには、さらなる時間を必要としていたに違いない。

 週末、凄い試合があった。いや、率直にいって試合内容自体は平凡で“事件”が起こらなければすぐにでも忘れてしまいそうな試合だったのだが、最後の最後があまりにも劇的で残酷だった。8431人の観客にとっては、忘れえぬ一戦となったことだろう。J2の四国ダービー、徳島対愛媛の一戦である。

 ナイトゲームに臨む徳島の選手たちは、戦う前にすでに朗報を受け取っていた。勝ち点1差で上をいく3位の札幌が、夕方の試合で苦杯を喫していたのである。下位に低迷する愛媛を叩けば、逆に勝ち点差2をつけて昇格圏に突入することができる。前節、アウェーで眼下の敵ジェフを下していた彼らは、巡ってきた大チャンスに身震いする思いだったに違いない。

 いざ試合が始まってみると、勢いの差は明らかだった。29分にPKで先制した徳島は、42分にも美しいカウンターから2点目を決め、前半を2−0で折り返す。ここ9試合勝ちがなく、1試合平均1得点がやっとという愛媛の攻撃力を考えれば、前半にしてほぼ安全圏に逃げ込んだかと思われた。

 だが、これはダービーだった。徳島にとって大事な一戦は、愛媛の選手にとっても特別な一戦だった。3点目を奪うことよりも1点を返されないことに意識が傾き始めたホームチームに、愛媛は闘志むき出しで襲いかかる。後半途中には審判の判定に激高した監督が退席処分になるが、彼らの勢いにはむしろ拍車がかかった。

 それでも、徳島にとってはそれも計算どおりだったはず。85分が過ぎ、90分が過ぎた。勝ち点3はもう目前だった。ところが、5分という長めのロスタイムが表示された途端、徳島の歯車が狂い始める。

 90分+2分、2−1。
 90分+5分、2−2。
 ロスタイム弾×2。あまりにも残酷で、あまりにも劇的で、あまりにも知的好奇心を刺激される一戦だった。徳島に何があったのか。なぜ愛媛は諦めなかったのか――。観客動員で苦戦の続く四国勢だが、この伝説的な一戦は、時代に打ち込む一つのクサビになるかもしれない。

<この原稿は11年11月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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