世界選手権シリーズ横浜大会で日本人過去最高の10位、日本選手権の初優勝。今シーズンは細田にとって自他ともに認める「最も充実した1年」だった。山根の下でプロとして心身ともに鍛えてきた成果がようやく実を結びつつある。
「ようやくスタートラインという感じですかね。細田の伸びしろははかりしれない。廻り道せず、もう3年早く今の状態をつくっていればと思うほどです」
 山根は教え子の素質を高く買っている。それだけに、もうワンランク上のトレーニングを積んでほしいと考えている。
「今も実際にできているのは、こちらがやってほしいトレーニングの9割程度。まぁ、08年に戻ってきた時は7割の練習しかできませんでしたからね。それを考えるとまず練習を継続できる力はついてきたと思います。あとは100%のトレーニングがどのタイミングでできるか。これが可能になれば、もっとすごい選手になれる」

 五輪に向け、当面の課題はランのスピードアップだ。横浜大会ではランの立ち上がりで先頭に立ちながら、最終的には優勝した選手に1分20秒差をつけられた。山根は「世界と互角の勝負をするには、この1年でタイムを1分縮めることが必要」と分析する。この目標を達成すべく、細田は2つのことに取り組んでいる。

 ひとつはより速く走れるフォームづくりだ。足が接地している時間をなるべく短くし、素早く前へ蹴り出す。そのためにはかかとではなく、つまさきに重心を置き、前掲姿勢を保って走ることが求められる。だが、ランはトライアスロンの最終種目。スイム、バイクで疲労がたまった体を前へ前へと進めるには下半身の力だけでは不十分だ。
「うまく上半身、腕の力も利用して走ることが求められていると感じます。まだ、僕は体全体を使って走れていない。だから、タイムはもっと伸びる。もっと上に行けると確信しています」
 フォームづくりと並行して、トレーナーと相談しながら、スピード向上に必要なトレーニングも実施している。パズルのピースが次々とはまっていくような快感を今、細田は感じている。

 そして、もうひとつは自らの感覚とスピードを一致させることである。横浜大会は世界のトップスピードを体感する収穫もあったとはいえ、オーバーペースだった点は否めない。「最後までスピードが持たないようでは、当然、いい成績は狙えません。ガクッとスピードが落ちないよう、冷静に計算しながら走ることも今後は求められます」と山根は指摘する。

 よく「プロは心技体」と言われる。しかし、トップクラスになれば、心技体が充実しているのは当然の話。ここで差はつかない。勝敗を分けるものがあるとすれば、本番までの準備やレース中の戦略といった目には見えない力だろう。描いていたプラン通りにレースを運び、頂点に立つには、それこそ精密機械のような繊細さも大切になる。

 フラットな高速コース

 2012年8月7日、細田が立つであろうロンドン五輪のトライアスロンコースは市内中心部にあるハイドパークが主会場になる。公園内のサーペンタイン湖でのスイムを経て、バイクはロンドン市内を駆け巡り、バッキンガム宮殿の前も通過する。そしてランは再び公園内の湖の周りを周回する。このコースを細田は8月の世界選手権シリーズで走り、27位に入っている。
「バイクは街中を走るのでコーナーが多いです。でも道幅が広いので、数カ所を除けばブレーキをかける必要がない。スピードに乗ったまま走れるので、足には負担のかかりにくいコースだと感じました」

 山根はロンドンのコースを「フラットな高速コース」と表現し、次のように語る。
「バイクはコーナーが鋭角ではないので、
すごく技術が求められるという感じはしませんね。つまり、ここでは差がつかず、大きな集団になりやすい。ランへのトランジッションまでの位置取りが勝負になるでしょう。バイクの最終周までに前方につけるレース運びができるかどうかがポイントです」

 優勝候補の筆頭に挙げられそうなのが、ジョナサン・ブラウンリーとアリスター・ブラウンリーの兄弟(英国)。8月の世界選手権シリーズでもアリスターが地の利を生かしてバイクから飛び出し、圧勝した。目標を五輪出場ではなく五輪での金メダルに設定している細田が、彼らに勝つにはどんなレースをすべきか。
「まず体を最高の状態に仕上げてロンドンに乗り込みます。スイムでも最高の入りをして、バイクでは落ち着いて走ってランに備える。そしてランニングでアリスターたちと競る。ラスト1キロまで粘って、そこでスパート。最後は最高の笑顔でゴールするんです」
 イメージしているプランはかなり具体的だ。目を輝かせ、いきいきとした表情で熱く語る姿からは本気度が十分に伝わってくる。

「これまでは、そんなこと思っていても言えなかった。でも今はちゃんと言葉にできる。あとは口だけにならないようにやるだけ。それだけ自信がついたんだと感じます」
 ケガに弱かった自分、プレッシャーに弱かった自分、人の失敗を願っていた自分は、もうここにはいない。あるのは昨日より着実にレベルアップしている自分だ。最高の笑顔を輝くメダルが照らしてくれる日を信じて、細田雄一はもっと強くなる。

(おわり)
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細田雄一(ほそだ・ゆういち)プロフィール>
1984年12月6日、徳島県生まれ。小学校5年時に姉の影響で大洲ジュニアトライアスロンで初めて大会に参加。池田中学2年時からオーストラリアに留学し、地元のトライアスロンクラブの練習に参加する。03年の帰国後、稲毛インターに入り、日本選手権で5位入賞。05年にはジャパンカップランキング1位に輝く。その後、所属先の変更やケガなどもあって伸び悩むが、10年にITUワールドカップ石垣島大会で国際レース初の表彰台(2位)を経験。アジア大会では金メダルを獲得する。11年は9月のITU世界選手権シリーズ横浜大会で日本人過去最高の10位。10月の日本選手権では初優勝を収め、ジャパンカップランキングでも1位を獲得した。ITU世界選手権シリーズの最新ランキングは37位。ロンドン五輪日本代表の最有力候補。身長175センチ、体重63キロ。
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(石田洋之) 
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