松田直樹さんにとって最後のクラブとなった松本山雅が、長野県のチームとしては初めてJ2に昇格した。チームカラーのグリーンで埋めつくされるスタジアムの雰囲気には独特のものがあり、新シーズンのJ2に新たな彩りを加えてくれることは確実である。
 ただ、昨年のJFLに限って言うと、松本は必ずしも「長野県で一番強いチーム」ではなかった。彼らの最終的な順位は、Jリーグへの準加盟申請が求められていなかった県内のライバル、長野パルセイロより2つ下だった。松田さんをはじめ、元Jリーガーが珍しくなかった松本と違い、ほとんどが無名の選手で構成された長野は、かつてフリューゲルスなどでプレーした薩川監督の指導のもと、JFLの概念を覆してしまうほどに魅力的なサッカーを展開していた。

 にもかかわらず、松本はJ2に上がり、長野は上がれなかった。前者には観客席の規模等、Jリーグが定める基準をクリアしたスタジアムがあったが、後者にはなかったからである。

 言うまでもなく、スタジアムは一朝一夕にして完成するものではない。現時点で具体的な計画を持ち得ていない長野は、新しいシーズンのJFLで勝ちまくったとしても、やはりJ2には上がれないことになる。そのせいもあってか、このシーズンオフの長野では、チームを離れる選手が少なくなかったという。

 Jリーグを含めた上でも「最優秀監督賞」を与えてもいいのではないか、とまで思わせてくれた薩川監督のチームが解体されていくのは、個人的には非常に残念である。だが、スタジアムがないために松本に水を開けられた長野だが、現時点でスタジアムがないがゆえに、将来的に松本を逆転する可能性がある、とも思う。

 確かに松本のスタジアムの雰囲気は素晴らしいが、それはあくまでも、現状のJFL、あるいはJ2においての話である。J2に上がるためには有効なツールだった現在のスタジアムは、今後J1に昇格し、そこで戦っていくことを考えると、その規模の小ささゆえにハンデとなってしまう可能性を秘めている。スタジアムのない長野には、言ってみれば「後出しジャンケン」をする権利が認められているということだ。

 スペインの2大チーム、レアル・マドリードとバルセロナは、スタジアムの建設からチーム強化のシステムに至るまで、互いに後出しジャンケンを繰り返すことで発展し、欧州における田舎チームの立場から抜け出していった。ひとまずはカテゴリーを分かつことになった松本と長野だが、今後も大いに刺激しあい、挑発しあい、地方クラブの限界を打ち破ってくれることを期待したい。

<この原稿は12年2月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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