「この敗北を、ゆえにわたしは感謝する」と書いた五輪予選シリア戦のコラムについて、あちこちで「意外だった」と声をかけられた。どうやら、猛烈に激怒している原稿を期待されてしまっていたらしい。
 確かに、日本の試合内容は相当にお粗末だった。専門誌風に採点をつけるとしたら、ほとんどの選手が最低か、それに準ずる点数になってしまっていたことだろう。合格点どころか、及第点をつけられる選手さえいなかった。「なんてナイーブな選手ばかりなんだろう」というのが、シリア戦から受けた率直な感想である。これがA代表の試合であれば、怒りを通り越して失笑してしまっていたかもしれない。
 だが、これはあくまでも五輪予選である。勝つことも重要だが、同じぐらい、将来へ向けた経験値を重ねることも大切な大会である。そんな舞台で、日本の若い選手たちが大きな失敗をしでかした。夜中に一人叫びだしたくなってしまってもおかしくない痛恨の敗北を喫してしまった。その味わいは凄まじいまでに苦いだろうが、しかし、間違いなく最良の良薬にもなる。
 特に、GKにとっては。

 80年代、ベルギーの名守護神としてその名を知られたプファフは、ブンデスリーガのデビュー戦でミスを犯した。ロングスローをキャッチしようと飛び出し、バンザイをしてしまったのである。外国人GKだったということもあり、ファンやメディアからは手厳しい批判にさらされたが、最終的には、バイエルン史上最も愛された外国人選手と言われるまでになった。

 現ドイツ代表GKのビーゼ(ブレーメン)は、終了直前に犯した自らのファンブルが原因で、ほぼ手中にしていた欧州CL対ユベントス戦の勝利をフイにしたことがある。試合後、自分の足では歩けないほどに泣き崩れていた若き守護神は、いまやふてぶてしいキャラで知られる存在になっている。

 シリア戦で権田が喫した2失点は、確かに処理が難しいボールではあった。けれども、「だから仕方がない」という見方は、却って権田のためにならない気がする。GKはミスが許されないポジションだが、伝説的な名GKたちは例外なく大きなミスを乗り越えてきている。権田にはぜひとも同じ道を進んでいってもらいたい。

 ちなみに、わたしがシリア戦の敗北にショックを受けなかった最大の理由は、依然としてグループの実力No.1が日本であることに、何の懸念も抱いていないからである。普通の日本対普通のシリアでは日本が勝った。普通のシリアと最悪の日本が戦った時にはシリアが勝った。それだけのこと。慌てる必要はまったくない。

<この原稿は12年2月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから