山崎太陽(創価大学硬式野球部/帝京第五高校出身)最終回「何度も沈みかけた太陽」

facebook icon twitter icon

 今年のプロ野球ドラフト会議で東京ヤクルトから3位指名を受けた創価大学投手の山崎太陽(4年)は、3年前の夏まで捕手だった。全国大会とは無縁だった捕手が、投手転向から約3年でドラフト上位指名を受けるのだから、投手転向の選択は成功だったと言っていいだろう。

 

「(投手転向を勧めてくれた)佐藤康弘監督に感謝したい」と山崎。とはいえ転向してすぐ才能を開花させたわけではない。当初はボールを制御することに苦しんだ。山崎は語る。

「ゾーンにまとめるのが難しかった。変化球も抜けることが多かった。自分のピッチングは先輩たちと全然違いました」

 

 同期の新山秀男は当時の山崎のピッチングをこう振り返る。

「ザッキー(山崎)とはセレクションも一緒でした。強肩で“こんなえぐいキャッチャーがいるのか”と思いました。ピッチャーに転向した当初は野手投げで、球は速かったけど軽かったので打たれていました」

 

 公式戦デビューは、3年春まで待つことになる。きっかけは先輩からの助言だ。1学年上のエース森畑侑大(現・JR東日本)のアドバイスでテイクバックをコンパクトにすると、転向時の球速MAX142kmから3~4kmアップした。

「田代涼太先輩(現・四国アイランドリーグPlus徳島)には、ピッチングにおける体重移動の仕方を教えてもらいました。1学年上の先輩たちには感謝しています」

 

 3年春は公式戦初登板を含む3試合でリリーフし、防御率3.37だった。これが飛躍への一歩になるはずだった。だが、ヒザのケガにより秋は足踏みを余儀なくされた。ケガから復帰した後も出番はなく、公式戦の登板はゼロに終わった。

 

 気持ちが腐りかけた彼の尻を叩いたのが、同期の新山だった。山崎と同じ経営学部。親同士も仲が良い。「新山からは“(腐っている姿を)見られているぞ、しっかりしろ”と怒られました」と山崎。新山は「素質は一番あるのにもったいないと思ったんです。気持ちの部分でムラがあるやつなので、部屋に行って何回も話をしました」と語る。

 

 同期の𠮟咤激励を受け、心を入れ替えてオフに鍛錬を積んだ山崎。4年の春には、早くもその成果が表れる。リーグ戦6試合に登板し、防御率1.35を記録。創価大の東京新大学リーグ優勝、全日本大学選手権出場に貢献した。大学選手権では自己最速の149kmをマーク。その潜在能力が高く評価され、大学日本代表候補合宿のメンバーに選ばれた。

 

 だが、好事魔多し。右ヒジの故障で代表合宿を辞退した。大学4年夏のケガは山崎のような“当落選”上にいるドラフト候補にとっては、大きな痛手である。

 

 

驚きの3位指名

 秋のリーグ戦はベンチ入りすらできない日々が続いた。共栄大学との1回戦からようやくベンチ入り。監督が優勝がかかった一戦に、故障明けの投手を起用するのは冒険である。山崎の出番は1勝1敗で迎えた3回戦に訪れた。

 

 試合は8回表を終え、4対1で創価大がリード。昨年右ヒジをケガし、不安を抱えていた先発の石田陵馬(4年)と監督の佐藤は5回以降、入念に言葉を交わしていた。石田は8回表を投げ終えた時点でヒジに不安はなかったものの、監督に「9回頭から山崎を行かせましょう」と進言したという。8回裏に山田琉衣(3年)がレフトスタンドにソロを叩き込み、4点差に。佐藤は、試合の締め括りを山崎に任せた。

 

 4カ月ぶりの公式戦マウンド。「気合が入りました」と山崎。最初のバッターをレフトへのファウルフライ、次のバッターをショートゴロに打ち取った。最後は渾身のストレート。カウント1-2からの5球目、真ん中高めのボールで空振り三振を奪った。山崎はマウンド付近で右拳を突き上げ、小さく跳ねた。

 

 復帰登板から3日後の10月23日、ドラフト会議当日。創価大学八王子キャンパス内にある中央教育棟ディスカバリーホールに野球部、メディア、関係者含む約700人が集まった。

 

 山崎と同期の立石正広はドラフト1位が確実視されていた野手。広島が1位指名を公表していたため、会見の場が用意され、ステージ上に野球部長、監督、コーチと並んで座っていた。一方の山崎は客席側。他の野球部員たちと一緒にドラフト中継を見守っていた。立石には広島をはじめ北海道日本ハム、阪神が1位指名をした。抽選の結果、阪神が立石の交渉権を獲得すると会場が大きく沸いた。

 

 会場内が再度沸いたのは、それから約1時間後、3巡目の指名が読み上げられた時である。

 

「選択希望選手。東京ヤクルト。山崎。投手。創価大学」

 

 山崎自身も驚く指名順だった。

「この順位で呼ばれると思っていませんでした。自分の中では下の方で、もしくは育成だと……」

 

 目下、ヤクルトは3年連続Bクラスと苦しんでいる。チーム防御率は3年連続リーグワースト。投手陣の整備は喫緊の課題だ。22歳の大型右腕は「太陽」の如く、チームにエナジーをもたらすことができるのか。

 

(おわり)

>>第1回はこちら
>>第2回はこちら

>>第3回はこちら

 

山崎太陽(やまざき・たいよう)プロフィール>

2003年7月6日、東京都青梅市出身。5歳で野球を始める。吉野ベースボールクラブ、羽村シニアを経て、愛媛県の帝京第五高校に進学した。高校1年夏からベンチ入り、3年時には主将を務めたが、3年間甲子園出場は叶わなかった。22年春、創価大学に進学。夏にピッチャーに転向。3年の春で公式戦デビュー。4年春にはリリーフとして6試合に登板し、防御率1.35の活躍で同大のリーグ優勝&全日本大学選手権出場に貢献した。侍ジャパン大学日本代表選考合宿のメンバーにも選ばれた(コンディション不良のため参加は辞退)。最速149kmのストレートを軸にスライダー、フォークを駆使する本格派。身長193cm、体重87kg。右投げ右打ち。背番号16。

 

(文・プロフィール&ドラフト指名後の写真/杉浦泰介、プレー写真/©創価大硬式野球部)

 

プレゼント

 山崎太陽選手の直筆サインボールをプレゼント致します。ご希望の方はこちらより、お問い合わせ種別「その他」を選んでいただき、本文の最初に「山崎太陽選手のサインボール希望」と明記の上、郵便番号、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)、この記事や当サイトへの感想などがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選発表は発送をもってかえさせていただきます。締め切りは2025年11月28日(金)迄です。たくさんのご応募お待ちしております。

 

 

facebook icon twitter icon
Back to TOP TOP