リッチモンドキッカーズの所属しているUSL(ユナイテッド・サッカー・リーグ)は、通常のサッカーとは少々仕組みが異なっている。1試合で5人まで選手が交代可能なのだ。
 強化、調整を目的とした親善試合は別として、サッカーでの一般的な公式戦の交代枠は3人である。元々、サッカーには選手交代そのものがなかった。「選手は試合の流れを読み、90分をどのように使うのかをそれぞれがコントロールすべきである。それが出来ない選手は先発として送り出すべきではない」と考える指導者もいる。しかし、同国において選手交代は試合の妙として考えられているのだ。
 USLの選手交代枠が多いのは日程も関係している。同リーグでは移動費の軽減を図るために、2日連続で試合が組まれることがある。選手に疲労が溜まる中、監督は決められたベンチ入りメンバーでうまくやりくりしながら、2試合を回すことを考えなければならない。そのため、5人もの交代枠が設けられているのだ。

 長距離移動に備えて、キッカーズは大型バスを所有している。黒塗りで無骨な印象で、大型のコンテナが一体となっており、バスというより“トラック”と言った風情だ。広山がかつてプレーしていたパラグアイでもバスで長距離移動することはあったが、そこで使用されていたバスは通常のバスだった。専用車両を所有するというアメリカのスポーツに対する環境充実への徹底ぶりを感じた。
 肝心の乗り心地はどうなのか。
「中はホテルみたいなものですよ。ベッドがあって、すごく快適に過ごせる。前の方ではサッカーの試合がテレビに流れているので、みんなでそれを見てコミュニケーションも図れる。チームのまとまりにも役に立っていますね。日本でもああいうバスがあれば経費削減になるんじゃないですか」

 食事後、広山とぼくは市内を軽く散歩してから、彼の住んでいるアパートに車で向かうことになった。左右から緑の木々がせり出した道を走り、大きな川を越えた。広山一家が住んでいるアパートは街外れにあった。
(写真:リッチモンドは緑に溢れた静かな街である。市街地を出るとこうした道が続いている)

 前を走る広山の車が速度を落としたので、前方をのぞくと車が一面に停めてあるのが目に入った。駐車場だった。照明灯が立ち並び、まるで複数のグラウンドを備えたスポーツ施設のようだった。
 キッカーズの赤い旗のようなものも立てられていた。「住んでいるところから歩いて5分ぐらいのところに練習グラウンドがあるんです」と広山が言っていたことを思い出した。 

 そこでは、あちこちのピッチで子どもたちがボールを蹴っていた。自動車メーカーのマークのついたテントが設置されており、その下に親たちが集まっていた。想像以上にアメリカにはサッカーが根付いているようだった。サッカー選手としてキャリア終盤に差し掛かった広山が、このクラブに惹かれた理由が分かった気がした。
 
 どんなサッカー選手でも必ず、スパイクを脱ぐ時期がやってくる。現役引退以降の方が人生は長い。どのように過ごすかは皆、頭を悩ませる。
 最も華々しく見えるのはテレビのサッカー解説者かもしれない。しかし、この“席”は元々数が少ない上に、輝かしい現役生活を送った選手が次々と新規参入してくる。
 他に誰もが考えつくのが指導者としてサッカー界に残ることだ。Jリーグのトップチームから下部組織まで、一定数のコーチの需要はある。ただ、こちらも席は埋まりつつある。

 ある時期から、サッカー選手を辞めた後、広山は何をするのだろうと気になっていた。彼が最初に注目された理由は、サッカー選手としての力量はもちろんだが、ジェフユナイテッド市原に入りながら千葉大学に進学し、初の現役国立大学生Jリーガーとなったためだった。しかし、ジェフ市原、世代別の代表での活動で多忙を極めた。大学に通うことが難しくなり、彼は千葉大を中退した。
 大学に入り直して、弁護士などの資格を取得する頭脳はある。これまでのサッカー選手と違った、新たなセカンドキャリアを切り拓くのも彼らしいと思っていた。

 すでに広山は日本でB級の指導者ライセンスを取得していた。
「指導者になるの?」
 と尋ねると、
「ライセンスはとっておいて損はないと思ったので」
 という答えが返ってきた。ぼくは「彼らしいな」と思った。

 広山の自宅のリビングは、窓から木漏れ日が部屋の中に差し込み、穏やかな空気が流れていた。
「15年ぐらいプロでやってきたけど、自分が常識だと思うことをアメリカのサッカーは覆してくれた。これまで得てきた経験で、答えが出せることは沢山ある。でも、まだまだ手探りでないと分からないこともある。そうした意味で、今は過去の経験が役に立たないような状況に自分を置いている。日本からパラグアイに行った時と同じ。やっぱり、来て良かったと思いますよ」
(写真:リッチモンドキッカーズの昔の事務所前にて)

 あれから1年が経ち、広山はアメリカでの2シーズン目を迎えている。今年5月には、広山は日本オリンピック委員会により2012年度スポーツ指導者海外研修員として、スペインサッカー連盟に派遣されると発表された。彼は今年をサッカー選手として最後のシーズンとする決意をしたのだ。もはや「ライセンスをとっておいて損はない」どころか、将来を嘱望される若手指導者である。

 広山がどこに向かっていくのか。日本人として初めて欧州5大リーグの監督になるのか――ぼくは楽しみに彼の今後を追っていくつもりだ。

(おわり)

田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクション作家。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に勤務。2000年より退社して、文筆業に入る。『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『W杯に群がる男達−巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)など著書多数。最新刊は、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社 2011年12月2日発売)。早稲田大学講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 招聘研究員。携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。
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