先日、ラジオの番組にゲストとして呼ばれた時の話である。リスナーの方から質問をいただいた。
「本田選手はどうしてCSKAモスクワから移籍しないんですか?」
 なるほど、言われてみればもっともな疑問である。確かにここ近年、ロシア・リーグのレベルは急速に上がってきている。欧州リーグでイングランドやスペイン、イタリアのチームを破るのももはや驚きではなくなった。選手の年俸も相当に高い。ただ、いまや日本を代表する選手となった本田ならば、もっと上のステージ、クラブで戦ってもいいのでは、と考えるファンがいるのも不思議ではない。
 おそらく、一番正解に近い答えは「チームが設定している本田の移籍金がネックになっているから」ということになるのだろう。ブンデスリーガやオランダなどでプレーする日本人選手が急増している最大の原因は、「才能の割には格安だから」である。ただ安いだけでなく、仮にぞんざいな扱いをしたところで、ヘソを曲げてチームの輪を乱す挙に出ることもない。獲得する側からすれば、これほど安全で、かつ、それなりの見返りも期待できる優良物件はそうはない。

 だが、現時点での本田に設定されている移籍金は、一般的な日本人選手のそれを大きく超えている。そして、安い日本人選手の獲得には躊躇しなくなった欧州のクラブも、高い日本人選手の獲得となると一気に慎重になる。レベルが上がってきたとはいえ、ロシア・リーグに対する評価はブンデスリーガに対するものほどではない。このあたりが、本田の移籍話が出ては消えるの繰り返しになっている最大の理由だろう。

 もちろん、本田とて出られるものであればすぐにでも西欧のビッグクラブへ移りたい気持ちはあるはず。こればかりは選手個人ではどうすることもできない問題だが、ただ、その一方で彼自身がCSKAモスクワでプレーすることにそれなりの意味を見いだしているのでは、という気もする。

 今季のCSKAモスクワは、欧州リーグのプレーオフで敗れ、本戦への出場を果たせなかった。国内リーグでは屈指の存在となりつつある彼らも、欧州の舞台ではまだまだ新参者である。

 この立ち位置、W杯に於ける日本代表と似ていないだろうか。

 長友のように、世界的な強豪の一員としてプレーする意味はもちろん大きい。だが、国内では王者として、欧州の舞台では有望な挑戦者として戦うクラブに所属している日本人は、実は本田ただ一人である。そこでの経験は、日本代表に直結する。ゆえに彼はそこにいる……というのは考えすぎだろうか。

<この原稿は13年2月21日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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