あらためていうまでもないことだが、ゴールシーンはサッカーというスポーツにおける最大のクライマックスである。素晴らしいトラップやパス、ドリブルは見逃しても、ゴールシーンだけは絶対に見逃すまいとするのがファン心理であり、ピッチの外からレンズを向けるカメラマンの心理でもある。
 前日のスポニチには、ACL全北対浦和の劇的なゴールシーンが掲載されていた。敗色濃厚だったホームの全北が、ロスタイムも2分を数えたところでの同点弾。浦和の那須が「しまった!」とばかりに口を覆う一方で、ゴールを決めた徐相民と全北の選手たちは歓喜の疾走を始めようとしている。奪った側と奪われた側の表情を捉えた、なかなかのワンショットである。

 つくづく、惜しい。

 選手たちは劇的なシーンを作り出し(浦和からすると作り出され、だが)、カメラマンはその瞬間を捉えた。にもかかわらず、スポニチの紙面からは意外なぐらい「劇的さ」が伝わってこない。選手にも、カメラマンにも罪はない。スタジアムの構造が、劇的な印象をずいぶんとボヤけさせてしまっているのである。

 02年W杯のために建設された全州W杯競技場は、サッカー専用スタジアムではあるものの、プレミア・リーグなどで使用されている専用スタジアムとは決定的に違うところがある。

 スタンド1列目が、ピッチ・レベルよりもはるかに高いのである。

 これは全州に限った話ではない。韓国のほとんどのスタジアム、そして日本のほとんどのスタジアムでは、スタンド1列目がピッチ・レベルよりもはるかに高い作りになっている。ほとんどのスタジアムでスタンド1列目がピッチ・レベルと同じ高さになっているイングランドとは、そこが決定的に違っている。

 スタンドの1列目が低いイングランドで、たとえば前日のACLのような写真が撮影されたとしよう。頭を抱える選手がいて、雄叫びをあげる選手がいる。そこまでは変わらない。違うのは、そのすぐ後ろに狂乱か沈黙か、ゴールに対する感情を露にするサポーターの姿が写し出されているであろうことである。

 イングランドであれば数百人の激情が捉えられていたはずの場面で、全州の写真では3分の2近くが物言わぬ壁だった。

 ピッチの高さとスタンドの1列目の高さ。この両者がイコールになるとスタジアムはが然臨場感を増す。最近は日本の野球場でも、メジャー同様、ファウルゾーンにフィールドと同じ高さのスタンドを設けるところが出てきた。

 だが、いまの日本にプレミアと同じ目線で大観衆がサッカーを楽しめるスタジアムはない。柏など数少ない例外を除くと、観客のヤジに怒った選手がカンフー・キックを決めることのできるスタジアムもない。21世紀に入って造られたスタジアムも、ことごとくスタンドはピッチよりはるかに高くなっている。

 衰退の一途をたどっていたイングランドのサッカーが劇的な復活を遂げることができた要因の一つには、素晴らしいスタジアムの存在がある。今後日本で設計されるスタジアムには、写真でもゴールシーンが楽しめるものを期待したい。

<この原稿は13年4月11日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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