2020年東京五輪・パラリンピックの開催が決まり、7年後に向けた準備が既に始まっている。
 山本化学工業では、これまでも競泳やトライアスロンなどを対象に、アスリートの能力を最大限に引きだす高機能性素材を開発してきたが、7年後に向けて、また新たなプロジェクトを立ち上げる。同社の素材や製品で日本の若手選手たちをサポートし、目標はズバリ「東京五輪での金メダル30個獲得」だ。

「大手のスポーツメーカーと同じ路線で戦っても物量の面で上回るのは難しい。でも、今まで培ってきた開発力で他のメーカーではできないものをつくる。それが我々の戦略です」
 山本化学工業の山本富造社長は、そう意気込む。東京五輪・パラリンピック招致決定後、各メディアからは「2020年に向けて、どんなプランを描いているのか」という問い合わせが相次いだ。2008年の北京五輪では高速水着素材として“たこ焼きラバー”を発表し、その後も画期的な製品を発表し続けている同社への注目度は高い。

 2020年へ、どのような素材や製品でアスリートの役に立てるのか。山本化学工業では、今までの実績から大きく6つの柱を打ち出した。

1.高速水着素材の開発

 北京五輪時に話題になった“たこ焼きラバー”は、その後のルール改正でゴム素材が禁止になったため、レースでは使用できなくなった。そのため、山本化学工業では繊維だけで水抵抗を最大限に軽減する素材を開発している。以前も紹介したように、その最新モデルはわずか0.3ミリの厚みながら、水と触れる表面には親水性機能、体と密着する裏面には撥水性機能と2つの性質を併せ持っている。

 9月9日、この素材を使用したマテュース社のMERLINブランドの水着が国際水泳連盟から2014年度の公認を受けた。山本化学工業では今後も素材に改良を重ね、選手たちが快適に、かつ少しでもタイムを上げられる手助けをしていく方針だ。

2.練習用水着“ゼロポジション2”の開発

 レース用水着の規制強化に伴い、山本化学工業が力を入れてきた分野がもうひとつある。それが練習用水着だ。2010年、同社が開発した“ゼロポジション水着”は、スイマーの浮心と重心を一致させるように矯正する。これにより、泳ぎながら自然と水抵抗が少ない理想の姿勢を体に覚え込ませる効果があった。“ゼロポジション水着”は水泳の初心者やマスターズの選手、トップアスリートと幅広く練習用水着として採用され、昨年のロンドン五輪では200メートルバラフライで2大会連続の銅メダルを獲得した松田丈志選手らもトレーニングに使っていた。

 今回、山本化学工業ではさらに機能をアップさせた“ゼロポジション2”の開発に取り組んでいる。従来の浮心と重心の一体化に加え、骨盤の左右のねじれを矯正することで、よりムダ、ムラのない泳ぎを実現する。実験にはフリーダイバーで9月の世界選手権で個人で銀メダルを獲得した岡本(旧姓・平井)美鈴さんの協力を仰いだ。するとゼロポジション2を着た場合、水中での蹴伸びの距離が着用前から約80センチもアップしたのだ。その後、ゼロポジション2を脱いで、距離を測定したところ、さらに記録が1メートルも伸びた。ゼロポジション2を着用し、体勢を理想の状態に近づけただけで、トップアスリートでもパフォーマンスが飛躍的に向上したのだ。

 健常者のみならず、パラリンピアンにもこのゼロポジション2を試着してもらったところ、自己ベストを更新した。「まだ泳ぎが完成されていないジュニアレベルの選手が着用すれば、かなりのレベルアップが期待できる」と山本社長も手応えを感じており、年内の一般発売に向けて作業を続けている。

3.トライアスロン用ウェットスーツ新素材の開発

 五輪競技でもあるトライアスロンでは水温が20度を下回った場合、選手たちはウェットスーツを着用する。これらのウェットスーツ素材の大半は山本化学工業製だ。各メーカーがこぞって同社の素材を使うのには理由がある。他社の素材にはない独自の技術が用いられているからだ。それが“エアロドーム”である。

 通常のラバー素材では一層しかないところ、山本化学工業のそれは三層から五層の構造になっている。中間層のラバーには無数の円柱形の孔が施され、この中に空気を閉じ込めることで浮力をつけているのだ。エアロドームはこのほど、申請から8年もの歳月を経て特許取得に成功した。「特許がとれたので、他にはないアドバンテージとして、より広く選手にもアピールできます」と山本社長は語る。今後、さらなる素材の改良を続け、スイムのスピードアップに貢献していく考えだ。

4.“ゼロポジションベルト”“ゼロポジションウェア”の開発

 陸上において動きながら骨盤の左右のズレを矯正し、ボディバランスを整える目的でつくられたのが“ゼロポジションベルト”だ。どんな競技でも体のバランスが崩れれば、能力は十分に発揮できない。このベルトは陸上競技、ゴルフ、テニスといったあらゆる競技において活用が可能だ。

 山本化学工業では現在、腰に巻くベルトタイプではなく、ベスト状の“ゼロポジションウェア”の開発にも着手している。これらを使って日常生活やトレーニングを実施することで、骨盤の歪みが軽減され、無理のない正しい動きを体が記憶していく。これを継続すれば、パフォーマンスが良くなるばかりか、故障の予防にもつながる。山本化学工業では多くの競技のアスリートに実際に使用してもらい、効果を体感してほしいと考えている。

5.乳酸を筋肉に溜めない高機能サポーターの開発

 運動をすると瞬発力を持つ白筋に多くの乳酸が溜まる。この状態が続くと血流が悪くなり、筋肉の動きが低下して疲労を感じるようになる。疲労の蓄積は試合中、練習中のパフォーマンスを落とすだけでなく、思わぬケガを引き起こす一因となるため、近年のスポーツ界ではトレーニングと同程度にケアも重視されてきた。

 溜まった乳酸は、いち早く持続力を持つ赤筋に移行させることが大切だ。乳酸は赤筋内で糖分に変換され、エネルギーに生まれ変わる。乳酸の移行には何より血流を改善する必要がある。

 血流改善に適した素材が山本化学工業の“バイオラバー”だ。電力も加熱も要せず、赤外線を発するバイオラバーは体を内部から温める。これにより、筋肉の温度を上げ、血液が速く流れるように促すのだ。同社ではバイオラバーに着圧をかけたサポーターを開発しており、これを用いることで、一層の血流改善が見込める。しかも、心臓から遠い足の先端側は着圧が強く、カラダの中心に近づくほど弱くなる工夫も施され、効果を高めるシステムになっている。サポーターは足首、ふくらはぎ、太もも、腰と各部位に応じた製品が揃っており、アスリートの用途に応じて活用できる。

6.ウォーミングアップ、クールダウンを半分以下の時間で行える高機能マットの開発

 赤外線を発し、血流を改善するバイオラバーの上で体を動かせば、その分、筋肉はほぐれやすくなる。ウォーミングアップやクールダウンを短時間で効率よく実施する上で、バイオラバーのマットは役立つ。

 山本化学工業によると、準備運動をバイオラバーマット上で行った場合と、そうでない場合とでは、同じ効果を得られるまでの所要時間が大きく違う。バイオラバーマットを使うと、使わない時の半分以下の時間で済むのだ。これはアスリートにも好評で、野球やサッカーのトップクラスのチームなどでバイオラバーマットが採用されている。

 このほど、山本化学工業では通気性もプラスしたバイオラバーマットを新たに発表。あらゆる競技でウォーミングアップやクールダウンは不可欠なだけに、快適さも増した製品をひとりでも多くの選手に使ってほしいと山本社長はじめスタッフは願っている。


 以上、6つの柱を推し進めつつ、今後、山本化学工業では2020年の五輪・パラリンピックの主力となるであろうジュニアやユース世代をサポートする。これもトップ選手をスポンサードする大手メーカーとは異なるアプローチだ。

「昨年のロンドン五輪ではメダル総数は38個と多かったとはいえ、金メダルは7個と北京大会より減っています。しかも前回大会に続いてのメダリストも多く、世代交代が進んでいない点が課題になっていました。東京五輪では若い力の台頭なくして金メダル30個は不可能です。ならば、7年後に有望なアスリートを支援すべきだと考えました」

 具体的には五輪やパラリンピックを目指すアスリートから希望があった場合は、成績や将来性を審査した上で、支援の可否を決定。サポートが決まった選手には山本化学工業の製品を原価で提供する。加えて、これまで同社が連携してきた各分野の専門家も紹介し、最適なパフォーマンスを引き出すためのアドバイスも受けられるようにする。

「アスリートのたまごを、それぞれに合ったオーダーメイドなサポートで潜在能力を伸ばす。せっかく東京で開催するのですから、このチャンスを最大限に生かして日本のスポーツを変えるきっかけにしたい。そのためには今から動き出さなくてはいけません」
 そう力説する山本社長のまなざしは、既に7年後をはっきりと見据えている。

 山本化学工業株式会社