勝ったことのある人間は、勝利によって得られる喜びを現実のものとして思い起こすことができる。もう一度味わいたいという思いが、苦境を乗り切るための力になってくれる。かつてドゥンガが「勝ったことのあるやつしか勝てない」と断言し、ベンゲルをはじめとする欧州の監督が「勝者のメンタリティー」という言葉をよく使ったのも、結局は同じことである。
 だが、時には敗北が勝利以上に大きな効果を及ぼすこともある。

 5日の欧州CLで、ベルギーのアンデルレヒトはアウェーでパリSGと引き分けた。日本ではほとんど取り上げられることもないだろうが、これは、結構な番狂わせだった。わずか2週間前、彼らは同じ相手にホームで0―5の大惨敗を喫していたからである。

 アンデルレヒトを叩きのめしたのはパリSGの大エース、イブラヒモビッチだった。まずファーに流れてマークを外して1点。続いて今度はニアに走り込んで1点。こぼれ球を破壊的なミドルでたたき込んで1点。さらにはドリブルで持ち込んで1点。若いアンデルレヒトのDFたちは、傍若無人に振る舞う世界的アタッカーを前になすすべもなかった。

 ところが、パリに乗り込んできた彼らは、2週間前とは別人のようになっていた。いいようにあしらわれたセネガル人のクヤテ、自陣で足を滑らせて致命的な1点を献上した19歳のムベンバら、第1戦では敗因の主原因でもあった選手が、素晴らしい動きでパリSGの攻撃陣と渡り合う。惜しくも勝利には届かなかったが、UEFAのホームページではクヤテがこの試合のMVPに選出された。

 彼らを変えたのは、間違いなく手痛い敗戦だった。それまでは許されたミスが、世界レベルになると許されない。一瞬でも気を抜けば、すぐさま致命傷を負わされる。ホームで喫した屈辱的な5失点は、若いDFたちの意識を劇的に変えていた。それだけではない。彼らは、試合の中でもはっきりと成長を感じさせるプレーを見せていたのである。

 思えば、日本のサッカーが劇的な飛躍を遂げたのも、ドーハでの痛恨事があればこそ、だった。同じ年、フランス代表はロスタイムにW杯出場を取り逃がす悪夢を見たが、4年後には世界王者となった。痛恨すぎる敗北は、選手を、チームを信じられないほどに成長させることがある。

 日本代表の欧州遠征が迫ってきた。今度の相手、オランダとベルギーは、正直、恐ろしく強い。ベルギーとの試合は日本のゴールデンタイムに合わせた時間帯ではなく、いわゆるナイトゲームで行われる。間違いなく、彼らは本気で向かってくる。

 そんな相手に勝てればもちろんよし。だが、それがかなわぬのであれば、手痛い敗戦がほしい。忘れ得ぬ、そして克服への意欲を刺激しまくってくれるような、明日への激痛がほしい。

<この原稿は13年11月7日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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