東京五輪・パラリンピックが開催される2020年、日本では65歳以上の高齢者の割合が約3割に達すると予測されている。人口の3人に1人が高齢者という時代が迫り、医療、介護などの社会保障制度改革は待ったなしの状況だ。超高齢化が進む2020年代へ、齢を重ねても健康的な生活を送れる高齢者を増やすことは国全体をあげて取り組むべき施策と言ってよい。山本化学工業では、その独自の技術を活用し、若いアスリートのみならず、元気な高齢者をサポートする製品開発に乗り出している。その現状を前回に続き、山本富造社長に二宮清純が訊いた。

 介護ロボットの問題点

二宮: 前回紹介した「2020年の東京五輪で金メダル30個獲得」を目指すプロジェクトと並行して、高齢者に目を向けた試みにチャレンジしているそうですね。
山本: 我々は新しいかたちの介護ロボットを提案したいと考えています。今の介護ロボットが普及しない背景には、重量の問題があるんです。金属製のロボットは重く、筋力の弱った高齢者はそれを支えきれない。だから、余計に扱いに苦労する。結局、せっかくのロボットが高齢者にとっては、かえって負担になってしまっているんです。

二宮: 重いロボットを扱える筋力があれば、そもそも介護が必要ないのでは?
山本: その通りです。現在の技術ではペン1本持つだけで、ロボットはかなりの重さになる。もっと軽量化できれば需要は増えるのでしょうが、重量のハードルを越えるのに苦労しているようです。ここで我々は発想の転換をしなくてはいけないと思っています。二宮さんはロボットと聞くと、どんなイメージを抱きますか?

二宮: 小さい頃、テレビで見た鉄人28号のような金属でつくられた頑丈なイメージでしょうか。
山本: おそらく多くの方がロボット=金属製という印象を持っているはずです。でも、部品すべてが金属でないとロボットとしての機能を果たせないわけではありません。そこで考えたのが、いわゆる“ゴムロボット”の開発です。

二宮: ゴムロボット?
山本: この発想は食品メーカーの機械類の一部で我々のラバー素材が使用されているところから始まっています。衛生管理が厳しくなっている昨今、食品に触れる部分は定期的に取り外して洗浄、殺菌・消毒をすることが当たり前になりました。しかし、そのために機械の金属部品を分解し、再び組み立てるというのは手間がかかる。そこで取り外しが容易なラバー素材で外面をカバーするものが増えているんです。金属を使うのは必要最低限なので重量も軽い。ならば介護ロボットも表面などをラバー製にすれば、かなりの軽量化を図れるはずです。

二宮: なるほど。それは盲点ですね。
山本: 現在、我々が取り組んでいるゴムロボットは、ロボットというよりも補助具と言ったほうがいいかもしれません。日本人はO脚の方が多いですから、筋肉の力が外方向へ働き、年齢を重ねるにつれて内転筋が衰えやすい。そこで腰と足首にベルトを巻き、その間に内側と外側から伸縮するゴム素材を通して、やや足を引っ張るかたちにするんです。

二宮: ゴムの働きで内転筋をサポートすると?
山本: はい。足を上げると、ゴムに引っ張られて足が真っすぐ高く上がる。内転筋の力が弱くなると足が上がらず、特に段差を昇るのがつらくなります。このゴムロボットを活用し、親指を真っすぐ出すことを意識してもらえれば歩くのはラクになる。歩きやすくなれば、歩ける距離が増えるので筋肉も鍛えられる。内外両サイドの筋力を均等に使って歩くかたちが体に自然と身につくようにもなるんです。

 リハビリ中のアスリートにも応用可能

二宮: 動きの中で体に正しい位置を認識させる“ゼロポジション”の発想も取り入れられているんですね。
山本: 今の介護ロボットは重い上に、完全に筋肉の代わりとして動くため、人そのものの力は、どんどん落ちていってしまうんです。使えば使うほど、ロボットなしでは生活できなくなる。このゴムロボットは逆の発想で自力で動けるように支援します。だから、高齢者以外にも用途があるんです。

二宮: たとえば、どんな用途でしょう?
山本: ケガからリハビリをする際にも活用できるでしょうね。ケガをすると、どうしても筋力のバランスが崩れる。ケガした側をかばうあまりに、逆に大丈夫だった方を痛めてしまうというケースがよく見受けられます。そこで、このゴムロボットを故障した足に装着し、状態に応じてゴムの引っ張り具合を変えてやる。それで左右のバランスをとりながらリハビリを進めていけば効率が上がるでしょう。

二宮: 故障によって微妙な体の感覚が狂い、本来の力を発揮できないアスリートはたくさんいます。リハビリの際に、そういった器具のサポートがあれば、故障前の状態に早く戻れるかもしれません。
山本: このゴムロボットは電気も必要ありませんし、大がかりなものでもありません。サポーターやテーピングと同じ感覚で装着できる。高齢者も含め、すべての人に役立つ製品として開発に力を入れたいと考えてます。

二宮: 故障自体、体に負担のかかる動き、無理な動きが蓄積した結果、引き起こされることも多い。パフォーマンス向上はもちろん、ケガ防止の観点からも“ゼロポジション”の概念は大切ですね。
山本: 日本舞踊の人間国宝である西川扇蔵先生の踊りを見ていると、素人でもその足運びの美しさに惚れ惚れします。西川先生によると「無駄足を踏む」という表現は舞踊から来ているそうです。足が次の動きにスムーズに入れる方向を向いていないと、まず向きを変えてから踏み出すことになる。これが舞踊における「無駄足」だと。足運びが悪いと、どんなに上体だけでうまく踊ってもきれいに見えないというわけです。足の向きひとつとっても先を見据え、理に適った動きをする。それが最上級の表現につながるんだなと感じました。

二宮: スポーツの世界でも同じことが言えますね。一流を極めれば極めるほど、動きが洗練され、無理や無駄がなくなっていく。理に適った動きを身につけているからこそ、トップ選手は故障も少なく、長く活躍できるという見方もできます。
山本: その通りです。成績が伸び悩むと、どうしても目先の対処療法に走って、自分の長所まで見失ってしまうことが多い。前回お話した骨盤の位置や、フォームが正しい状態になっているのか。さまざまな観点から原因を探り、根本的に改善することが大切です。

二宮: 日本は指導者とアスリートが上下関係で結ばれている傾向が強いため、なかなか異なる意見を取り入れにくいという風潮がある。外部から働きかけることで、閉鎖的な世界に風穴を開けられるかもしれません。
山本: 医療でもセカンドオピニオンが当たり前になりつつある時代です。スポーツの選手育成でもセカンドオピニオンを取り入れて強くしていく時代が来ているのではないでしょうか。その後押しができる製品をこれからも世の中に送り出していきたいと思っています。

 山本化学工業株式会社