痛恨すぎる敗北は、時として最高の良薬たりうる――。いささか古い話題になって恐縮だが、あらためてそう痛感させてくれた天皇杯の決勝だった。
 準決勝で延長を戦っていた広島に、肉体的、精神的な疲れが蓄積していたのは事実だろう。だが、仮に彼らが万全の状態だったとしても、あの日のマリノスには勝てたかどうか。リーグ戦で歴史に残る逆転を許したマリノスは、その強烈な痛みゆえに、リーグ戦とは別の次元のチームに化けていた。

 その象徴が中村だった。もともと独特のリズム感を持つ選手ではあったが、元日の彼は、一人だけ別のことを考え、別のものを見ているようにさえ感じられた。プレスという概念がなかった時代のサッカーならばいざ知らず、あれほどボールに触るたびに試合の空気を変えてしまえる選手は、世界広しといえどもそうそういるものではない。同期の多くはすでにスパイクを壁にかけてしまったが、彼は、30代半ばにしてまた次の段階に足を踏み入れつつある。

 日本代表にとっても、今年は「次の段階」に進む年となるだろう。地元開催だった02年をのぞくと、日本代表にW杯での1次リーグ突破が“ノルマ”として課せられたことはなかった。大会前はあくまで「あわよくば」で、負ければ「ああ、やっぱり」――それが日本人と日本代表の現実であり立場だった。

 だが、今回はいささか様子が違う。紆余曲折はあったものの、「W杯でも本気で優勝を狙う」という本田の言葉は、4年前の岡田前監督ほどには冷やかな目を向けられていない。ベスト4という目標さえ冷笑した日本人の何割かは、優勝という桁外れに大きな野望を受け入れるようになっている。

 わたし自身、生まれて初めて、日本がベスト4以上に進出する可能性は確実にある、と感じている。もちろん、決して大きなものではない。ただ、仮になし遂げられたとしても、4年前に1次リーグを突破した時より驚くことはあるまい。

 前回大会でベスト4に進出したウルグアイは、その4年前、オーストラリアに本大会出場の夢を断たれている。トルコ、韓国、クロアチア、スウェーデン、ブルガリア…決して大国、強国とはいえない国もたどりついてきた4強の地位は、いまの日本にとって、十分に手の届くところにある。

 そして何より、期待が大きければ、叶った時の自信と叶わなかった時の痛みはより大きなものとなる。つまり、どちらに転ぼうとも、日本サッカーはより大きな前進へのエネルギーを獲得することになる。

 本田圭佑がそうしてきたように。

<この原稿は14年1月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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