この世界に入ったころ、大先輩の新聞記者に聞いたことがあった。名門大学のスーパースターが、いわゆる“丸の内御三家”と呼ばれた三菱、古河、日立のいずれでもなく、関西の中堅企業を選んだ時にいきさつについて、である。
 その当時のDNAが残っていたということなのだろうか。釜本邦茂を一本釣りしたノウハウが、チーム内に、もしくはヤンマー本社の中に残っていたということなのだろうか。いよいよカウントダウンも最終盤にさしかかったらしい、セレッソ大阪のフォルラン獲得劇を見ながらそんなことを思った。

 ヴェルディが膨張策、拡大策を捨てたのを期に、Jリーグの各チームは現状維持を目標とした縮みの時代に入った。赤字が絶対悪とされていくうち、多くのチームは投資に対してもきわめて消極的な姿勢を取るようになった。

 過度期のリーグには必要な時期だったのかもしれない。ただ、“身の丈にあった経営”という名の“選手軽視策”によって、相当数の日本人Jリーガーの年棒は、およそプロとは呼べないレベルにまで転落してしまった。Jが発足した93年当時と現在で、リーグのレベルはどちらが上なのかはいうまでもない。にもかかわらず、レベルが上がった分の報酬を、選手たちは手にできないでいる。最近では、若い世代の東南アジア流出の動きも加速しつつあった。

 セレッソのフォルラン獲得は、そうした流れに対するカウンター、もしくは新たな化学反応を引き起こす可能性がある。赤字を恐れる経営が一般化したJの各クラブに、投資の効果を再確認させる可能性がある。

 釜本の獲得に成功したことで、ヤンマーは一気に日本リーグの中心的存在へとのし上がった。杉山を擁する三菱との対決は“黄金カード”と呼ばれ、それなりの観客を集めもした。一人のスーパースターが存在することの意味を、ヤンマーの幹部は忘れていなかったということだろう。

 昨年、札幌がベトナムの選手を獲得して話題を集めたが、依然として、現在のJリーグに新戦力の獲得で新しいファン層を獲得しようという発想は乏しい。勝とうとするための戦力補強はあっても、人気を向上させるためにどうするか、という発想はさらに乏しい。何より、新しいことに挑戦しようとする姿勢が何より乏しい。

 フォルランの獲得が、セレッソに何の収穫ももたらさない可能性はゼロではない。けれども、この挑戦は、確実に何らかの教訓をチームにもたらす。わたしは、この獲得が大成功を生み、大阪の青いライバルが反撃に出る図を期待している。

<この原稿は14年1月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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