山本化学工業はこの5月1日、創業50周年を迎えた。
 大きな節目を機に、同社では新たな50年へ向けて、ひとつの宣言を行った。前回、前々回と紹介した「健康経営」の実践だ。山本化学工業では、このほど社員の健康増進へ「バイオラバー」などの高機能製品を企業がリースで配布できるシステムを導入した。その先駆けとなるべく、早速、関係社員73名全員にバイオラバーを貸与。加えて同社が賛助会員になっている日本統合医療学会と未来健康共生社会研究会がスタートさせる「健康経営企業サポートプロジェクト」にも参画し、そこで得た知見を社員の健康にも役立たせる考えだ。

「我々のような中小企業でも、一流の健康経営ができる。そのモデルケースになることが目標です」
 山本富造社長はそう意気込む。社員が元気であれば、自ずと企業も元気になる。企業が健康経営に力を入れることで、社員のみならず、その家族も健康に対する意識は高まっていく。医療費の抑制が叫ばれる昨今、企業をひとつの核として健康長寿の輪を日本全体に広げる――それが山本社長の理想だ。

 そんな山本化学工業では長寿の象徴とされるカメを助けるプロジェクトに協力してきた。サメに襲われて前肢を失ったウミガメの悠ちゃんの義肢付きジャケット製作だ。昨年6月からプロジェクトに加わって10カ月、ついに悠ちゃんがスムーズに泳げるジャケットが完成した。
(写真:他の魚たちとともに水槽の中を泳ぐ悠ちゃん)

「人間とは違って、カメはジャケットが合わなければ泳ごうとしません。カメの反応をしっかりと見極め、よりよいものをつくる作業は、人間向けの製品開発においても参考にできると考えています」
 動物は本能のままに生きている。人間が良かれと考えたことでも、違和感があれば思ったようには動いてくれない。「カメにとっては、着けている感覚がないくらいのジャケットをつくる」ことが山本社長はじめ、同社の目標だった。

 これは人間相手にも同様のことが言える。
「障害者がつける義手、義足も、一番いいのは着けていて自然に感じること。今回の試みが、より快適性を高める上で応用できるのではないでしょうか」
 今回のプロジェクトでは義肢メーカーの川村義肢ともタッグを組んだ。このつながりを人間の義手や義肢を装着する際のサポーター開発などにも発展できると山本社長は考えている。

 ウミガメが運んでくれた縁はそれだけではない。今回のプロジェクトを通じ、リハビリを担当する理学療法士ともコミュニケーションをとる機会に恵まれた。山本化学工業では高齢者の歩行を補助する「ゴムロボット」の開発に乗り出しており、その話題を持ち出すと「そんなものができるなら、ぜひ使ってみたい」との声があがった。
(写真:見学に来た子どもたちにも「命を救う大切さを知ってもらえたのでは」と山本社長は考えている)

 加齢とともに筋力が衰えると足が上がらず、引きずるようになる。すると、ちょっとした段差が乗り越えられないため、歩行困難になっていく。山本化学工業の考えるゴムロボットでは伸縮するゴム素材を活用し、足が真っすぐに上がる手助けを行う。その構造は腰から足に沿わせて土踏まずまで、内側と外側にそれぞれゴム素材を通す。これを装着して足を上げるとゴムに引っ張られ、より高く上がるというわけだ。

 また日本人は全体的にO脚が多く、外方向へ筋肉が働くため、特に内転筋が衰えやすい。そこで外側より内側のゴムのテンションを上げることで、足先が外方向ではなく真っすぐ向くように矯正もできる。

「ゴムロボットの補助で歩いているうちに正しい歩き方が身につき、筋力バランスも整っていく。筋力のバランスが改善されれば、もっとラクに自力歩行できるはずです。現状の介護ロボットは腕や足の上げ下ろしをすべて機械の力で行おうとする傾向にあります。でも、これでは筋力は落ちる一方で、どんどん自力歩行が困難になる。我々は今ある能力を最大限サポートしつつ、それを強化できるような新しい発想を提案したいのです」

 こうゴムロボットについて語る山本社長だが、理学療法士と実際に話をするまで実用化はまだ先になると考えていた。「現状では足を2センチ上げるのが精一杯。階段を昇れるようなレベルまで足を引き上げることができない」からだ。しかし、理学療法士たちの考えは違った。

「“2センチでも上がれば十分ですよ”と言われましたね。彼らによると、2センチでも上がれば高齢者はスムーズに歩けるし、外出も可能になるというわけです。階段を昇ったりできなくても、まずは日常生活で歩く機会を増やすことが大事。そのくらいの完成度なら、“すぐにでも需要がある”との話でした」
 
 山本社長の指示により、山本化学工業では早速、「ゴムロボット」の試作品を製作。実際のリハビリの現場で使ってもらいながら意見をヒアリングしている。ひとりひとり足の長さや筋力は異なるため、ゴム素材の長さは内側で調整できるスタイルを採用。実用化に向けて大きな一歩を踏み出した。

 さらには6月の日本経団連定時総会にて、医療機器連合会による医療費削減の取り組み事例として、このゴムロボットが紹介されることも決定した。山本化学工業では、この6月をメドにゴムロボットを完成させる意向だ。

「ゴム素材をメタリックな配色にして、見た目は機械じかけのような雰囲気にしたいと考えています。でも、実際に使ってみると動力源は何もなく軽量でソフト。外観とのギャップでもアピールできればおもしろい」と山本社長はニヤリと笑う。ゴムロボットと合わせ、バイオラバーをサポーターとしてつけると赤外線の放射で筋肉が温まり、より足を動かしやすくなる。既存の製品との相乗効果が見込める点でも、ゴムロボットは山本化学工業の新機軸になり得る。

 ゴムロボットの対象は、歩行困難な高齢者にとどまらない。ゴム素材の厚みや伸縮度合い、本数を変えてテンションを調整することで、内転筋を鍛え、足の筋力バランスを整えるトレーニング器具としても応用が可能だ。
「筋力バランスを最適な状態にし、足を自然と真っすぐに踏み出せるようにすることはスポーツをする上での基本になります。これを動きの中で調整する。我々がこれまで商品化してきた浮心と重心を一致させる“ゼロポジション水着”や、骨盤の歪みを整える“ゼロポジションベルト”と通じるものがあるとみています」

 ゆくゆくはゴムロボットが健康経営の一環として社員に配布されたり、アスリートのパフォーマンス向上のサポート器具として使われる日が来るかもしれない。ウミガメ用の義肢プロジェクトから生まれた縁が、カメの歩みのごとくゆっくりでも着実に人間界に成果をもたらせようとしている。

 山本化学工業株式会社