試合を観終えて、これほど清々しい気分になったのは久しぶりだ。勝敗を越えて多くの人の心を揺さぶったに違いない。9月5日、東京・代々木第二体育館で行われたWBC世界フライ級タイトルマッチ、八重樫東(大橋)vsローマン・ゴンサレス(ニカラグア)のことである。
(写真:被弾しながらも八重樫が反撃のパンチを繰り出すと、場内は大いに沸いた)
 超満員の会場は熱狂に包まれた。開始のゴングが鳴らされる前から“勇気ある男”八重樫に熱い声援が飛び、リングアナウンサーから彼がコールを受けると万雷の拍手が鳴りやまない。皆、八重樫の勇気を何とか後押ししようとデング熱騒動など忘れて代々木に集まっていた。

 決してスタイリッシュでもスマートなタイプでもない王者・八重樫は、ここまでプロアマ通算126戦無敗を誇る“最強の挑戦者”ゴンサレスとリング中央で敢然と打ち合った。強打に臆せず真っ向勝負だ。
 前日の計量後には、「逃げまくりますよ」と大橋秀行会長と口を合わせていたが、それは相手の気持ちを揺さぶるためのポーズに過ぎない。最初から真っ向闘うことを決めていた。

 だが2人の間には、パンチの威力と正確性に差がある。腕と腕が交錯し続けていても、相手にダメージを与えていたのはゴンサレスだった。八重樫は9ラウンドに力尽き、自軍コーナーに背中から倒れて敗れる。

 結果は大方の予想通り。けれども、試合の内容は予想を大きく上回る熱いものとなった。八重樫は最強の挑戦者に単にぶつかっていき、玉砕したわけではない。真っ向勝負の中で一発を当て、そこから活路を見出す賭けに出て、その結果、散ったのだ。美しい、且つ意義ある闘い――。

 さて、この一戦を観て奮い立った選手も多かったのではないか。
 世界チャンピオンになりたい、その上で、できるだけ多く防衛したい。あるいは、2階級制覇、3階級制覇を果たして自らに箔をつけたい。そのためには、どうすればよいか。答えは簡単で、できるだけ弱い相手を見つけることと結論づけてしまっている者を多く見受ける。淋しい限りだ。観る者が愛する拳闘のロマンとは、そういうものではない。今回の八重樫の姿を観て、強者ゴンサレスへの闘志を奮い立たせてほしい。

 八重樫の後輩、現WBC世界ライトフライ級王者(返上を表明)の井上尚弥は「1年後にゴンサレスと闘いたい」と口にした。井上も近々、階級をひとつ上げることになる。2人の対決は必至だ。
 その前に3階級制覇を目指す井岡一翔(井岡)はどうか。ゴンサレスを破った末の戴冠ならば、これほど価値のある3階級制覇はない。もうひとり、日本国内で試合ができなくなっている亀田興毅が挑むのも面白い。もし彼が、JBCと決別し、ニカラグアに乗り込むなら、私は彼を見直す。

 最強王者ゴンサレスを倒すのは誰か?
 これが来年のボクシング界軽量級戦線・最大のテーマのように思う。日本人が強い相手に果敢に挑む、勇気ある姿を観たい。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』(ともに汐文社)。最新刊は『運動能力アップのコツ』(汐文社)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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