ボクシングのWBC世界バンタム級タイトルマッチが18日、神戸・ワールド記念ホールで行われ、チャンピオンの長谷川穂積(真正)は同級9位のアルバロ・ペレス(ニカラグア)に4R2分38秒、TKO勝ちを収め、日本のジムに所属するチャンピオンとしては歴代2位となる10回連続防衛に成功した。長谷川は史上3人目となる3戦連続1RKOこそならなかったが、これで5試合連続のKO防衛。こちらも日本人では具志堅の6度に迫る2位の記録となった。
▼二宮清純特別コラム「計算ずくの連続KO」を掲載
 やはり勝負は一瞬でついた。4R2分30秒過ぎ、挑戦者の右パンチに合わせて出した左ストレートが顔面をとらえる。すかさず打ちおろし気味の左ストレートを続けてヒットさせると、ニカラグア人はひざを折って、前のめりに崩れ落ちた。有無も言わせぬKO勝利。身動きがとれなくなったペレスを見て、レフェリーもすぐさま試合を止めた。

「力みがありました」
 試合後、チャンピオンが正直に明かしたように3Rまでは長谷川らしからぬシーンがいくつかあった。パンチを振り回してくる挑戦者に対し、自らも拳を繰り出したが大振りで正確性を欠いた。リーチが長い相手の懐に飛び込んで仕留められなければ、パンチをもらうリスクも高まる。「(ペレスのパンチは)大振りだと思ったが、それが遅れてくることもあった」。2Rには相手の左がクリーンヒット。珍しく長谷川の足元がぐらついた。ラウンド終盤には足を踏まれ、尻もちをつきそうになる場面もあった。

 長期戦に持ち込むプランを立てていた挑戦者は動きが良く、長谷川と互角の打ち合いを展開する。「速くはないがタイミングがつかめなかった。相手の動きは見切れなかった」とチャンピオンもやりづらさを感じていた。それでも試合中に悪い部分を修正し、一発で倒してしまうのが王者の王者たるゆえん。「(長谷川の)パンチが思ったよりも強くなかった」と過信したペレスが無理に前へ出てきたところを、本人曰く「自然に出たパンチ」で仕留めた。「このところ、2、2、1、1(R)と(KO勝ちで)きていてクレームもあったので、4Rにきた時点でクレームはないなと考えながらやっていた」。冷静に長谷川らしさを取り戻した瞬間、もう勝敗は見えていた。

 プロ10年目で、ついに10度目の防衛だ。「集大成にはならなかった。もうちょっと勉強しないといけない」。謙虚な姿勢を崩さないのは理由がある。日本人初の3階級制覇を目指しているからだ。「自分は1番になりたい。具志堅(用高)さんの記録もあるが、違うことにチャレンジしたい」。試合後のリング上ではバンタムを卒業し、階級を上げることを示唆した。しかし、直後に「これからも地味に防衛、いや地味に試合をしたいと思います」と語ったように、連続防衛記録を伸ばしたい欲求とのはざまで心は揺れている。いずれにしても長谷川の無敵ぶりは、この試合でも充分に際立った。どちらの道を選んでも、今後も“派手”にファンを魅了してくれるはずだ。


計算づくの連続KO 〜二宮清純特別コラム〜

 KO勝ちを収めたあとで「早く倒してしまってスイマセン」と観客に謝ったボクサーは彼くらいのものだろう。
 ボクシングWBC世界バンタム級王者・長谷川穂積。10回の連続防衛記録は具志堅用高の13回に次いで、日本ボクシング史上2位。記録もさることながら、その倒しっぷりがスゴイ。ここ5試合は全て序盤のKOでケリをつけている。

 当たり前のことだが、相手を倒せる距離というのは自らも倒される危険性を秘めている。長谷川のボクシングは文字どおり「虎穴に入らずんば虎児を得ず」。スリリングではあるが決してオール・オア・ナッシングではない。相手に罠を仕掛けてカウンターを狙う。その作業を彼は瞬時のうちにやり終えてしまうのだ。

 たとえば昨年6月のクリスティン・ファッシオ戦。1分25秒過ぎ、至近距離からの左ストレートでダウンを奪う。立ち上がってきたウルグアイ人に連打の雨を降らせ、2分18秒、TKO勝ちを収めた。勝負を決めた左ストレートは偶然の産物ではない。過日、彼はこう明かした。
「1ラウンドでファッシオのクセは大体わかりました。僕が前に出て距離が詰まると、彼は必ず右ストレートを打ってくる。それで2ラウンドに入り、あえてその距離に僕は立った。案の定、ファッシオは右ストレートを打ってきた。それをよけて左を打った。あとは見てのとおりです」

 全ては計算づくだったのだ。さらには、こんな話も。
「相手の呼吸を読むことが大切です。呼吸ってスーハーしているでしょう。吐いたところを狙ってパンチを打つんです。人間はこれに耐え切れない。前回の試合(ネストール・ロチャ戦=9度目の防衛戦)のフィニッシュブローもそれでした」
「瞬きすら許されない」という表現は、この男の試合に限ってのみ比喩ではない。

<この原稿は『週刊ダイヤモンド』2009年12月5日号に掲載された内容を再構成したものです>