ボクシングのダブル世界タイトルマッチが11日、東京ビックサイトで行われ、WBA世界スーパーフェザー級で挑戦者の内山高志(ワタナベ)が王者のファン・カルロス・サルガド(メキシコ)を12R2分48秒TKOで破り、初の世界挑戦でベルトを奪った。内山の戦績は14戦14勝(11KO)で、無敗での戴冠は日本人では2006年8月にWBAライトフライ級王座を獲得した亀田興毅(現WBCフライ級王者)以来。これで日本人男子の世界王者は6人に増えた。一方、WBAスーパーバンタム級王者プーンサワット・クラティンデーンジム(タイ)に挑戦した細野悟(大橋)は判定の結果、0−2で敗れた。こちらも無敗でのタイトル奪取を目指したが初の世界挑戦は失敗に終わった。
(写真:最終12R、サルガドをロープに追い詰めた内山がダウンを奪う)
<内山、ジムの悲願を達成>

 この試合も含めてプロ入り後のKO率は.786。KOダイナマイトとのニックネームに違わぬ世界タイトル獲得だった。最終12R、それまでに受けたダメージでガードが下がり、足元のふらつく王者に挑戦者はパンチを次々とヒットさせる。ロープ際、ついに右のストレートが炸裂。サルガドがキャンパスに沈む。なんとか立ち上がったメキシコ人にラッシュをかけ、ワタナベジムに初の男子世界チャンピオンが誕生した。

「ボクシングを始めて41年、大学を41年かけて卒業した感じかな」
 ジムの渡辺均会長は悲願達成に興奮気味だった。これまで育てた弟子たちは5度、世界に挑みながら、いずれも失敗。だが、内山に関しては「入門した時からチャンピオンになると信じていた」。その期待に遅咲きのボクサーは見事に応えた。

 序盤から挑戦者の優位は明らかだった。対するサルガドは昨年10月、2階級制覇のホルヘ・リナレスから左一発でベルトを奪った相手。しかし、そのハードパンチをしっかりと見極め、冷静に対処した。「相手が大きいものを打ってきた時に左の返しのフックが当たった」。カウンターを警戒した王者は前に出られず、ロープを背にする場面が増える。そこを追いかけて得意の右を打ち込み、リードを広げた。「今日のパターンでいけばいいなと思っていたが、うまくいかないと思っていた」。本人にとっては予想以上の会心の勝利だった。
(写真:きれいな顔で試合を振り返る内山)

 プロデビューは25歳と遅いが、アマチュア経験は豊富だ。113戦で91勝をあげ、全日本選手権3連覇などアマ4冠の実績を持つ。試合前日にはサルガド陣営が「親指の形が合わなくて危険」と日本製グローブから固くて薄いメキシコ製への変更を要求して“揺さぶり”をかけたが、「相手も同じグローブでやる。(薄い分)当たれば効くかな」と動じなかった。

 むしろ「相手はリナレスに勝ったが、まだ若さがあったのでは」と内山が評したように、序盤でペースを握られた25歳の王者に挽回の手札は少なかった。「途中まではいいパンチが当たって盛り上がったが、(サルガドの)目は死んでいなかった。でも最後は明らかにイヤな顔をしていた」。相手の変化を見逃さず、きっちり倒しにいった30歳が最後まで上手だった。

 年齢が年齢だけに「負けたら2度とチャンスは来ない」と決意して臨んだ一戦だった。帝拳ジム所属のリナレスが防衛を続けていれば、実現しなかったかもしれない世界戦。千載一遇とも言える機会を逃さなかった。「とりあえずは防衛戦。新米チャンピオンなので実力は下のほう。課題はいっぱいある」。謙虚に次を見据える弟子に渡辺会長は「いつでも誰とでもやれる力はある」と太鼓判を押した。無敗で無敵の王者へ、いかに進化を遂げるのか。今後が楽しみなチャンピオンが誕生した。

<細野、王者のアッパーに「強ぇー」>

「手を出さないと世界チャンピオンにはなれない。あれでチャンピオンになったら怒るよ」
 細野が所属するジムの大橋秀行会長が語った言葉がすべてを物語っていた。ジャッジこそ1人はドローをつけたが、内容的には完敗だったと言っていいだろう。
(写真:プーンサワットのパンチを受ける細野)

「5Rまでに倒したい」
 試合前にそう豪語していた挑戦者の立ち上がりはまずまずだった。左のボディからアッパーとコンビネーションをみせ、積極的に攻めた。しかし、2階級制覇を達成したプーンサワットは経験豊富だ。飛び込んできたところをアッパーで返し、細野の鼻からは血が流れた。「相手のパンチはキレがあった。3Rくらいで右アッパーをくらって、強ぇーと思った」。気持ちが引いては、拳を出すことは難しい。

 当初は左から上げて右のクロスカウンターを狙う作戦も、本人曰く「たたみかけらない巧さがあった」。確かに左のボディで王者の足は止まりかけていたが、続くパンチを当てることができなかった。さらに中盤で右拳を痛めたことも響いた。

 細野は本来フェザー級の選手である。「本人は言わないだろうけど、(タイトル獲得の)チャンスだったのでムリしてやった。パンチの重さもスタミナもダウンしていた」(大橋会長)。今回の世界戦に向けて10キロも減量。“バズーカ”と呼ばれた強打は鳴りをひそめた。挑戦失敗をうけ、次戦からは本来のフェザー級で復帰する予定だ。

「悔しいですね。(世界を狙うには)攻めが足りない。拳を当てて相手に思い切り打ち込む練習をしたい」
 最初で最後のスーパーバンタム級で味わったプロ初の屈辱。「1人が引き分けとみてくれた。それを自信に1からやりたい」。敗戦にうつむきがちだった26歳が、最後は前を向いた。