ボクシングのダブル世界タイトルマッチが26日、名古屋ガイシプラザで行われ、WBCフェザー級王者決定戦では同級2位で元WBC世界バンタム級王者の長谷川穂積(真正)が、同級1位のファン・カルロス・ブルゴス(メキシコ)を3−0の判定で下し、2階級制覇を達成した。長谷川は一気に2階級を上げてのベルト奪取で、これは日本人初の快挙。またWBCスーパーフェザー級では挑戦者で元WBCフェザー級王者の粟生隆寛(帝拳)が、王者のビタリ・タイベルト(ドイツ)を3−0の判定で破り、長谷川同様、2階級制覇を成し遂げた。日本人ボクサーの2階級制覇は過去6名しかおらず、1度に2人の達成者が誕生する歴史的な1日となった。
<長谷川、出血で取り戻したスタイル>

 これまで絶妙な距離感で相手のパンチを避け、一撃必殺のカウンターで仕留めてきたボクサーとは思えない戦いぶりだった。手探り状態で入った最初のラウンドから一転、2Rからはどんどん間合いを詰め、積極的に打って出た。

「バンタムの階級まで減量すると極端な話、3週間はそれでつぶれてしまう。3週間を減量に費やすのか、練習するのかと考えたら、練習したほうが絶対いい」
 バンタム級と比べれば、リミットは約3.6キロ上がり、減量苦からは解放された。その分、トレーニングを詰めた手ごたえがあったのだろう。夏にはキャンプを張り、筋力強化もはかった。フェザー級に合わせたスタイルチェンジの結果が、長谷川に打ち合いを選ばせた。

 そして何より、4月にベルトを失った元王者にとってはどうしても勝ちたい試合だった。階級を上げて、いきなりの世界挑戦。「フェザー級に上げたからには本当に負けられません。気分的には崖っぷちです」。敗れれば“引退”の2文字も飛び出しかねない大きなリスクを背負った。加えて1カ月前には最愛の母を亡くしている。この一戦にかける思いが激しいパンチになって表れた。

 ただ、その代償は小さくなかった。持ち前の鋭いパンチが陰を潜め、中盤は大振りも目立った。序盤は押され気味だったブルゴスも、長谷川のガードが下がったのを見計らい、カウンターを放つ。これが当たりはじめ、雲行きは怪しくなる。7Rには長谷川が左アッパーをくらって、よろけるシーンもあった。ついに8Rには右のまぶたをカット。血が目に入り、視界が悪くなってしまった。

「右目が切れて自分のボクシングができなくなった。そこは僕の経験不足」
 そう試合後、長谷川は語ったが、むしろ相手の動きが見えづらくなったことで、適度に距離をとったのは“ケガの功名”ではなかったか。バンタム級で絶対王者を誇っていた際にみせたスピードを生かし、一発逆転を狙う相手の反撃をうまくかわした。

 バンタム級王者時代は、6戦続けてKO決着が続いていただけに、12Rをフルで戦うのは約2年10カ月ぶり。まだフェザー級の体に慣れていないせいもあり、終盤に入って動きが落ちたのはやむを得ないだろう。相手は25戦無敗の若きファイター。4月のフェルナンド・モンティエル(メキシコ)戦での悪夢のKOが蘇りかねない危ないパンチもあった。それだけに中盤から終盤にかけて、本来のスタイルを取り戻したのは大きかった。

「褒められる内容ではない。もう少しボクシングを勉強したい」
 フェザー級王者としての課題を残しつつも、いきなりの王座獲得。やはり長谷川穂積というボクサーはただものではない。

>>二宮清純「唯我独論」 長谷川のアゴに埋められた“お守り”(2010年9月)
>>二宮清純の「ザバス取材記」 長谷川穂積選手インタビュー(明治製菓「SAVAS」サイト)

<粟生、攻撃に磨き>

 ラストラウンドまで自ら仕掛け、前に出た。もともとディフェンスに定評のあったエリートボクサーが新境地を開いた。
 立ち上がりから、ボディから顔面、顔面からボディと上下にパンチを散らした。勝負の分かれ目は早くも3Rに訪れる。相手が左フックをみせたところを踏み込んで左を突き刺した。王者は尻もちをついてダウン。2004年アテネ五輪の銅メダリストでもあるタイベルトにとってはプロ生活初のダウンだった。

 これで主導権は挑戦者のものだ。チャンピオンは足元がぐらつき、4Rにはゴングが鳴った直後にスリップして転倒する。それでも5R、タイミングをずらした左フックを当てて反撃に転じるが、粟生はひるまなかった。6Rには有効打でタイベルトの左まぶたをカット。8Rにも同じ箇所に右をヒットさせ、王者の白いトランクスは血で赤く染まった。

 9Rにはカウンターの左フックで後退させ、連打でロープ際まで追い詰める。10ラウンドにも左ストレートが顔面に入った。相手を倒しきることはできなかったものの、高いテクニックを持つドイツ人に3〜6ポイント差をつけてユナニマスデシジョンを勝ち取った。

 昨年、WBC世界フェザー級王座を奪った時は4カ月後の初防衛戦でベルトを失った。カウンターを意識するあまり、手数が少なくなり、エリオ・ロハス(ドミニカ共和国)に序盤でペースを握られた。今回の試合はその教訓も生かしていた。ベルト奪取よりも難しいといわれる最初の防衛戦でも今回のスタイルを貫けば、より強い王者になれるはずだ。

>>二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」 「伝説」の継承者 粟生隆寛(2007年2月、2010年11月再掲)

(石田洋之)