ボクシングのWBCトリプル世界タイトルマッチが8日、神戸ワールド記念ホールで行われ、スーパーバンタム級では王者の西岡利晃(帝拳)が同級6位の挑戦者マウリシオ・ムニョス(アルゼンチン)を9R3分7秒KOで下し、6度目の防衛に成功した。またスーパーフェザー級では王者の粟生隆寛(帝拳)が、同級3位の挑戦者ウンベルト・グティエレス(メキシコ)に4R1分6秒KO勝利を収め、初防衛に成功した。一方、フェザー級では王者の長谷川穂積が同級1位で元WBOバンタム級王者の挑戦者ジョニー・ゴンサレス(メキシコ)と対戦したが、4R58秒TKOで敗れ、ベルトを失った。
<西岡、得意の左が炸裂>

 一発でアルゼンチンから来た挑戦者はコーナーポストに吹っ飛んだ。9R、西岡の得意の左が顔面にヒット。葛西裕一トレーナーが胴ミットをつけていたにもかかわらず、その肋骨を折ったという強打をまともに受けては、もう闘えない。尻持ちをついたムニョスは10カウント以内に立ちあがれなかった。
 
 西岡にとっては決して楽勝の試合ではなかった。リーチで7センチ上回る相手は頭を低くしながら、右を振りまわしてきた。西岡は距離をはかりながら、左ボディで応戦。ムニョスを起こしにかかった。

 ところが3R、その右が西岡をとらえる。後退したところへ、挑戦者が連打を浴びせ、一転ピンチに陥った。ただ、百戦錬磨の王者も突進してくる相手に左アッパーを当てて反撃し、ペースを握らせなかった。

 4Rに入ると、執拗にボディから攻め上げる西岡を嫌って、ムニョスは距離を取り始めた。このラウンド終了時のジャッジの採点は3者とも王者を支持。その後も前へ出ようとする相手にアッパーとボディを的確に放ち、うまく対処する。

 それでも、挑戦者はなかなか下がらない。7Rには西岡も右を被弾。8Rには距離を詰めて左ストレートをねじ込むが、ムニョスも必ず右を打ち返した。ポイントでは常にリードしているものの、息の抜けない展開が続いた。 

 しかし、この攻防で西岡は相手との距離感をつかんだのではないか。迎えた9R、間合いを測って打ちこんだ左が挑戦者を確実にとらえ始める。そしてラスト30秒を切ったところで左のアッパーが炸裂。ぐらついたところへ右、左と浴びせ、フィニッシュブローへとつなげた。

 これで6度の防衛で、5度目のKO。この夏、35歳を迎えるとは思えない充実ぶりだ。
「世界戦のリングに上がれるのは現実的に考えて残り数試合、それを考えるとものすごく寂しい」
 以前、西岡はそう語っていた。「だからこそ、ボクシングをどこまで極められるか挑戦したい」とも。さらなる高みを見据える王者だけに、世界戦のリングで進化した姿をみせる機会はまだ何度もありそうな気がする。

<粟生、攻めて初防衛>

 2年前の失敗をもう繰り返しはしなかった。2009年、WBC世界フェザー級王者となっての初防衛戦、粟生はカウンターを意識するあまり、手数が少なくなり、エリオ・ロハス(ドミニカ共和国)に序盤でペースを握られて敗れた。

 その反省を踏まえ、今度は自ら仕掛けてビタリ・タイベルト(ドイツ)からスーパーフェザー級のベルトを奪った。あれから5カ月、攻めのスタイルを粟生は忘れていなかった。

 相手のグティエレスは同級の元暫定王者。しかし、前日計量では体重が500グラムもオーバーし、髪を切るなどして制限時間ギリギリでリミットをクリアした。計量後に1日で9キロも体重は増やしたというが、体はだぼついており、調整不足は否めなかった。

 そんな挑戦者に対し、粟生はジャブからボディと上下に散らし、主導権を握る。グティエレスはボディに足が止まり、動きは決して良くない。

 粟生にとって、唯一のピンチは右フックをもらった3Rくらい。4Rには打ち合いに転じると、右のボディがメキシコ人のみぞおちを直撃。顔をゆがめてひざまづくと、もう立ち上がることはできなかった。

 世界戦4試合目で初のKO勝利。本調子の挑戦者ではなかったとはいえ、しっかりと倒し切ったところに王者としての成長が見てとれる。さらに攻撃に磨きをかければ、ジムの先輩・西岡のように、防衛回数をもっと増やせるはずだ。

<長谷川、またも魔の4R>

 長谷川にとっては、まさに魔の4Rだ。
 ちょうど1年前、フェルナンド・モンティエル(メキシコ)の左フックを浴び、4RTKO負け。10度防衛したバンタム級王座から陥落した。そして、今後はゴンサレスの右フックを浴び、フェザー級の王座から転げ落ちた。

 昨年11月のファン・カルロス・ブルゴス戦。激しい打ち合いの末、2階級制覇を達成した。それは鋭いカウンターを身上としていた長谷川には珍しい闘い方だった。
「ボクシングよりも“どつき合い”をしようという思いが強かったんです」 
 バンタムのベルトを失い、最愛の母を失った後の試合だっただけに、気持ちが先走っていた。
「会長には“内容は10点、でも男としての気持ちは100点”と言われました」

 それだけに今回、長谷川は「バンタムでできなかったボクシングをやりたい」と意気込んでいた。多くのファンも本来のスタイルをみせてくれるはずと信じていたに違いない。

 立ち上がりは、バンタム級時代そのもののボクシングだった。右ジャブから左ボディ、左ストレートと打ち込み、相手をスピードで凌駕する。だが1Rの終盤、リーチで9センチ上回るゴンサレスの左フックをもらうと、その闘い方が微妙に変化する。

 強引に懐に飛び込み、打ち合うシーンが増えたのだ。挑戦者は王者が左を繰り出した際に右ガードが下がるスキを突いてきた。相手のパンチを紙一重のところでかわし、自らのパンチを当てるのが得意だった長谷川の顔にゴンザレスの長い腕が何度も飛んでくる。47勝41KOと強打の挑戦者相手に、これはリスクが大きすぎた。

「リーチの長さや、相手との距離感をつかむのが難しい。いつもだったら軽く当たるはずのパンチが全然届かない」
 階級を2つあげたことによる違いを長谷川はそう感じていた。やはり階級をあげたことで、“神の距離感”に狂いが生じてしまったのか。「足のフェイントをプラスした、体全体を駆使したボクシングをしたい」という理想とは裏腹に、現実は足を止めての“どつき合い”になっていた。

 そして4R、前へ出たところへゴンサレスが繰り出したカウンターの右フック。腰から砕け、ロープ際まで吹っ飛ばされた。ロープをつかんで何とか立ち上がったが足元はおぼつかない。「しまった」という顔でセコンドの方を見たが、レフェリーに試合を止められた。
  
 1年前のモンティエル戦同様、手数では上回り、結果的にはポイントもリードしていただけにもったいない敗戦だ。年齢も30歳になり、これ以上負けが込むようだと引退も取り沙汰される。バンタム級で絶対王者を誇っていた頃の華麗なボクシングは、もう見られないのか。再び元王者となった長谷川は、かつてないほど厳しい局面に立たされている。