5月に引退した元プロレスラーの小橋建太は、リング上の相手のみならず、病気やケガと闘っていた。2006年には腎臓ガンが見つかり、右の腎臓を全摘出。08年には右腕遅発性尺骨神経麻痺と両肘関節遊離体の手術を受けた。10年には肘部管症候群で約1年半欠場の欠場を余儀なくされ、11年には試合で左足の脛骨骨折と右ヒザの靱帯を痛めた。文字どおりの満身創痍。しかし、小橋は決して諦めることなく、ファンの前に戻ってきた。完全燃焼の引退から半年、“第2の青春”へ走り始めた46歳に、二宮清純が近況を訊いた。
(写真:12月には全国6カ所でファンを集めてのライブツアーも開催した)
二宮: 引退後も講演やトークショー、イベントなどで全国を飛び回っていると伺っています。
小橋: おかげさまでいろいろやらせてもらっています。病気やケガから復活したということもあって、ありがたいことに医療関係からのオファーも結構いただいているんです。

二宮: 病院の先生や看護師、介護士といった方を対象に体験談を話すわけですね。
小橋: そうです。年齢問わず、集まっていただいて、ガンになった時、ケガをした時、どういう思いだったか、どう乗り越えたかをお話するんです。でも、言葉で伝えるというのは難しいですね。これまでは体を張って伝えてきましたから勝手が全然違う。

二宮: 現役時代はリングでの表現がすべて。小橋さんを知っていただくには、講演の中で、まず試合映像を5分〜10分見てもらうといいかもしれませんね。
小橋: それは分かりやすいでしょうね。ただ、時間や設備の問題で映像を見せられないことが多い。映像があればプロレスに全く興味のない人もどんな人間だったかアプローチできますし、プロレス好きの方には喜んでいただける。どうやったら僕の思いが皆さんに伝わるのか、日々、勉強中ですよ。

二宮: 昔はプロレス中継が地上波のゴールデンタイムでありましたが、最近は深夜放送やCS局でしかやっていません。プロレスについて、ほとんど知らない人もいるのでは?
小橋: はい。一応、僕のことは知ってもらっているみたいですけど、他の選手の名前を出してもキョトンとされます。皆が知っているのはジャイアント馬場さんや、アントニオ猪木さんくらいですかね。

二宮: 医療関係の方に話すにあたって、一番伝えたいと思っていることは?
小橋: 病気をすると、本人はもちろん、周りで支える人たちも気持ちが沈んでいく。本人が「絶対に諦めない」という気持ちにならないと、病気は乗り越えられません。だから、「周りの人たちは本人を孤独にしないでほしい」ということをお話しています。

二宮: なるほど。孤独を感じさせてはいけないと?
小橋: 「孤独にさせない」といっても、「常に一緒にいなさい」というわけではないんです。本人もひとりになって考えたりする時間も必要でしょう。でも、精神的にひとりぼっちにさせてはいけない。気持ちが孤独になると、どんどんネガティブな考えに陥ってしまいます。それを周りの方がうまくサポートすることも重要だと思うんです。

二宮: 「病は気から」という言葉もあるように、精神面でのケアも大事というわけですね。
小橋: そうです。病気をしている人は、心もデリケート。患者さんの心を見極めるのはすごく難しいことですが、僕の場合も、妻になる彼女が食事の世話も含めて、ものすごく尽くしてくれた。だから、社会復帰してリングに戻れたと思うんです。そういう経験をお話することで、少しでもお役に立てればと考えています。

二宮: 病気やケガを乗り越えて闘い続けた小橋さんのプロレスを一言で表現すると、「生きる」がテーマだったのかもしれません。そのファイトが観る者に「生きる」力を与えてくれた。ファンの心に訴えかけるパワーがあったのではないでしょうか。
小橋: そうかもしれません。現役時代は目の前の試合に必死で、特別なテーマを持って闘っていたわけではありません。でも、改めて昔の試合から自分のプロレス人生を振り返ってみると、「生きる」というテーマがあったような気がします。それが現役を引退した今の自分にもつながっている。

二宮: 病気やケガを克服するのは並大抵ではなかったはずです。だけど、それを体験したからこそ伝えられることもある。小橋さんには“人生の伝道師”とも言うべき使命があるのかもしれませんね。
小橋: 確かに僕のプロレス人生はガンになって、ひどいケガもありました。ただ、僕に限らず、誰もが人は生きていく中で苦しい時、ツラい時があるはずです。それでも挫折を乗り越え、立ち上がって生きていかなくてはいけない。その意味では、みんな同じです。プロレスラーとしての生活は終わりましたけど、僕もまだ人生は続いていきます。だから、引退したからといって気を抜くのではなく、まだまだ頑張らないと皆さんの前には立てないと考えています。

二宮: 「生きる」姿を多くの人に見せ続けるために、第2の人生も精一杯「生きる」と?
小橋: きっと僕の生き様をファンの方は見ているはずです。何年か経った時に、「せっかく応援してきた小橋が、なんだよ、残念だな」とガッカリさせるようなことは絶対にしたくない。「さすが、応援してきた小橋だ」と思われたいんです。多くの方が応援してくれたことをいつまでも忘れてはいけない。あのリングでもらった「小橋」コールをしっかり心に留めて、これからも全力で生きていくつもりです。

<現在発売中の『第三文明』2014年2月号でも、小橋さんのインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>