(写真:ヘビー級統一王者ジョシュアは現在全階級を通じて最も集客力の高い選手になった Photo By Matchroom Sports)

 一時は実現が危ぶまれたゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)の再戦が9月15日に決まり、ファン、関係者は胸を撫で下ろした。しかし、ファンが待望するビッグファイトはこの1戦だけではない。話題に上がっているヘビー級、ウェルター級のドリームマッチが決まれば、多くのファンが歓喜することだろう。今回はこの2戦の魅力を探り、近未来の実現の可能性を探っていきたい。

 

 

世界ヘビー級4団体統一戦

WBA、IBF、WBO王者

アンソニー・ジョシュア(イギリス/28歳/21戦全勝(20KO))

vs.

WBC王者

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/32歳/40戦全勝(39KO))

 

 現在のボクシング界で考えられる最大の一戦はヘビー級の4団体統一戦だろう。2人合わせて61戦全勝(59KO)という戦績はインパクト十分。この試合が実現すれば、2015年のフロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(フィリピン)以来の世界的な注目を集めるイベントになるはずだ。

 

 もっとも、両雄の年内の激突は難しそうだ。一時は今秋の挙行が期待されたが、6月下旬の時点で両陣営の交渉はあえなく破談。代わりにジョシュアは9月22日にウェンブリースタジアムでアレクサンデル・ポヴェトキン(ロシア)とのWBA指名戦に臨むことになりそう。一方、ワイルダーはやむなくドミニク・ブリージール(アメリカ)とのWBC指名戦をこなすのだろう。

 

 最重量級の決戦が早い段階で見れないのは残念だが、状況を考えれば見送られたのは仕方あるまい。ジョシュアを抱えるマッチルーム・スポーツのエディ・ハーン・プロモーターは、9月から動画配信サービス「ダ・ゾーン(DAZN)」で放送される新興行シリーズをスタートさせる。そのデビュー興行に、看板のヘビー級王者を起用したがっているのは明白だ。

 

「ダ・ゾーン(DAZN)」の通常放送で中継される防衛戦の相手として、ベテランのポヴェトキンは適任。ワイルダーとのメガファイトはPPVにせざるを得ないだけに、新シリーズが落ち着くまで、とりあえずは後回しにしたいという考えは理解できる。だとすれば、ハーンがぶち上げた「来年4月にウェンブリースタジアムで挙行」というプランもあまり真剣に捉えるべきではない。

 

(写真:ジョシュア戦を熱望するワイルダー。その右強打は魅力だ Photo By Lucas Noonan )

 そして、両者のアメリカでの知名度を考えれば、直接対決を前にあと1、2戦を挟むのが悪いことだとは思わない。

 

「ワイルダーがニューヨークのタイムズスクエアを歩いたとして、いったいどれだけの人が気がつくだろう? もっと上手にプロモートする必要があるんだ」

 ハーンは去年からそう言っていたが、実際にアメリカ国内でのワイルダーはまだビッグネームとは言えない。ジョシュアは英国では超ドル箱でも、興行を大成功させたければ両選手の母国からの支持が必須。それを得るために、統一戦は2019年後半頃まで引っ張った方がベターというのは真実なのだろう。

 

 来春までに実現せずとも、どちらが負けない限り、このビッグファイトは遅かれ早かれ成立する。元統一王者のタイソン・フューリー(イギリス)を除いてヘビー級には他にカネになる選手はほとんど存在せず、両王者ともに選択の余地に乏しいからだ。だとすれば、直接対決は「If(実現するかどうか)」ではなく、「When(いつ行われるか)」。遠からず訪れるその日まで、ファンは焦らずに待っておく必要があるのだろう。

 

 中量級黄金時代を彷彿

 

(写真:スペンス<手前>がスーパーウェルター級に上げる前にクロフォード戦が観たいところだ Photo By Ryan Hafey )

IBF、WBO世界ウェルター級王座統一戦

IBF世界ウェルター級王者

エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ/28歳/24戦全勝(21KO))

vs.WBO世界ウェルター級王者 

テレンス・クロフォード(アメリカ/30歳/33戦全勝(24KO))

 

 

 中量級のビッグファイトといえばこのカードである。6月9日にクロフォードがジェフ・ホーン(オーストラリア)を圧倒してウェルター級の王座を奪い、翌週にはスペンスが指名挑戦者のカルロス・オカンポ(メキシコ)を1ラウンドで血祭りに挙げた。この2週間を経て、両者の直接対決がこれまで以上に注目を集めるようになった。

 

 無敗のまま3階級を制したクロフォードが攻防兼備の万能派なら、評価急上昇中のスペンスは魅力抜群の倒し屋。今まさに旬の黒人アスリートたちが拳を交えれば、瞬きもできない攻防が続くことは間違いない。展開、結果が読みづらい一戦は、ボクシングマニアをも歓喜させる垂涎のファイトといえる。

 

 かつてアメリカのスポーツファンが中量級のバトルに熱狂した時代があった。現代の雄であるスペンスとクロフォードは、今後、1980年代にシュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ(ともにアメリカ)らが供給した興奮を再現してくれるのか……。

 

 もっとも、この2人の直接対決をまとめるのは、ジョシュア対ワイルダー戦の成立よりも遥かに難しい。なぜなら、両者はそれぞれライバル関係にあるプロモーター、テレビ局と契約を結んでいるからである。

 

(写真:クロフォードは全階級を通じて屈指の”負けにくい王者”だといえる Photo By Top Rank)

 クロフォードはボブ・アラムが率いるトップランク社の看板選手であり、その試合はESPNで独占中継される。一方、スペンスはアル・ヘイモンがスタートしたプレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)の傘下。資金難のPBCは最近では所属選手をレンタルするようになったが、このレベルの大物を貸し出すとは考え難い。これまで相応の投資を行って育てて来たスター選手を、キャリアのハイライトとなる一戦でライバル会社の興行に出して儲けさせてしまっては割に合わないからだ。

 

 ただ、それでもこのスペンス対クロフォードが成立する可能性がないわけではない。アラムのこんな提案は聴く耳に値するものだと言えよう。

 

「テレンスには年内にあと1戦、来年の上半期にESPNで2戦させたい。そしてスペンスはShowtimeで実績を積み、来年の秋に直接対決。その頃には、2人の激突はPPVで50万件以上の売り上げを叩き出せるようになる」

 86歳になったベテランプロモーターが「Undisputed Champion Network」に語った通り、現状では、スペンス対クロフォードの挙行を可能にする興行形態は両陣営のジョイントPPVのみだろう。かつてレノックス・ルイス(イギリス)対マイク・タイソン(アメリカ)、メイウェザー対パッキャオで用いられたように、2つのテレビ局、プロモーターが1戦限りで手を組み、莫大な利益をシェアするやり方である。

 

 メイウェザー対パッキャオはPPVで約460万件、ルイス対タイソンは約197万件を売ったのに比べ、アラムが掲げた“50万件”は控えめな目標に思える。しかし、最近はPPVの数字が全体にジリ貧であること、両者が比較的地味なキャラクターであることを考えれば、容易な数字ではない。それを可能にするには、両選手が今後1、2年の間に知名度を上げておく必要がある。

 

 スペンスは今夏~秋の間に予定されるショーン・ポーター(アメリカ)対ダニー・ガルシア(アメリカ)の勝者、あるいはWBA同級王者キース・サーマン(アメリカ)といったPBC傘下のライバルたちに勝っておければベスト。一方のクロフォードは対戦相手の選択に乏しくなるだけに、今後はこれまで以上に“勝ち方”が問われてくるはずだ。

 

 実現までにはおそらく1、2年が必要だが、現状ではまだ全国区とは言えないこの2人をどうやってスーパーファイトまで導いていくか。アラム、ヘイモン、さらにはShowtimeのスティーブン・エスピノーザまで含め、両陣営の首脳陣の腕前が改めて問われることになる。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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