(写真:これでプロデビュー後17連勝。9割近いKO率を誇る)

 7日、ボクシングのトリプル世界戦が神奈川・横浜アリーナで行われた。ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)バンタム級トーナメント準々決勝を兼ねたWBA世界同級タイトルマッチは、王者の井上尚弥(大橋)が元WBAスーパー王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を1ラウンド1分10秒KO勝ち。準決勝進出を決めたと共に2度目の防衛を果たした。WBCライトフライ級タイトルマッチは王者の拳四朗(BMB)が元IBF王者のミラン・メリンド(フィリピン)を7ラウンド2分47秒TKOで下し、4度目の防衛に成功した。WBSSスーパーライト級トーナメント準々決勝兼WBA世界同級タイトルマッチは王者のキリル・ケリク(ベラルーシ)が元IBF王者のエドゥアルド・トロヤノフスキー(ロシア)に判定勝ち。初防衛に成功し、次のステージへと進んだ。

 

(写真:繰り出したパンチは2発。ほぼ一撃で試合を終わらせた)

 衝撃的なKOを世界に発信した。まさに“モンスター”。わずか70秒で試合を終わらせ、日本人の世界戦最速KO記録を樹立した。

 

 瞬きをすれば見逃していたかもしれない。私のカメラのシャッターを押すタイミングがずれたため、写真のデータ上では既にパヤノは倒れていた。WBSSのプロモーターの1人であるカレ・サザーランド氏は試合後の記者会見で興奮気味にまくし立てた。
「ニックネーム通り“モンスター”だった。彼のパンチは爆弾で、着弾し衝撃波を放った。ただの1勝ではなくパヤノとの対戦。今回は最大の試練とも言われていたが、ほぼ一発で終わらせた。すべての動きを見ると、ジョシュア、ワイルダー、カネロ、ゴロフキンなど彼らと比べたとしても階級を超えた最強のパンチャーだと確信した」

 

(写真:トーナメントの優勝者には賞金とモハメド・アリトロフィーが授与される)

 ヘビー級のアンソニー・ジョシュア(イギリス)、デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)、ミドル級のサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)といった重量級のスーパースターたちの名を出して、井上を大絶賛する。その時間は“1ラウンド”分を超えるほど話が止まらなかった。

 

 試合はWBSS独自の演出。チャンピオンの井上が先に入場し、特設ステージに上がった。左拳を突き上げると会場のボルテージもヒートアップした。続いてパヤノも対岸の特設ステージへ向かった。2人が揃うと舞台は一度暗転。約1万人の観衆がざわつく。するとスポットライトが再び主役たちを照らし出した。光のカーテンで囲われたリングで2人は対峙した。

 

(写真:慣れない演出に多少戸惑いつつも、試合は文句のつけようがない出来)

 ゴングが鳴ると、井上は左ジャブを繰り出すモーションで相手との距離を測る。そして1分を過ぎたあたりで試合は動いた。左ジャブと右ストレートのワンツー。井上は「左ジャブを内側から入れて死角をつくってからの右ストレート。練習していたパンチ」と振り返る。「手応えもあったので、この一撃で終わったと思いました」。パヤノは両足を揃えてリング中央に倒れた。

 

 そのままパヤノが戦線に戻ってくることはなく、試合終了のゴングが鳴った。「KOは口に出さなくても頭の中には必ず入れている」と井上。世界戦は7連続、計11度目のKO勝ちである。具志堅用高氏の6連続、内山高志氏の10度目を上回る日本人最高記録を打ち立てた。これまでも“モンスター”ぶりを存分に発揮してきたが、バンタム級に転向後は2戦182秒と驚異的な試合時間で終わらせている。

 

(写真:試合後、長男・明波くんをリングに入れ、ファンに紹介した)

 試合後は2日前に1歳の誕生日を迎えた長男・明波くんをリング上で抱き上げた。トランクスにはいつもの父・真吾トレーナーが代表を務める「明成塗装」ではなく「明波」と刺繍した。
「WBSSに懸ける思い、絶対に負けられないという思いもありました。家族の名前を入れて、ケツを引っぱたくという思いで入れました」

 

“バンタム級最強決定トーナメント”の先陣を切った井上が準決勝にコマを進めた。次戦はIBF王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)と同指名挑戦者のジェイソン・マロニー(オーストラリア)の勝者と対戦する。いずれも無敗のボクサーだが、「ロドリゲスと自分は戦いたい」と、井上は現王者との統一戦を希望した。「相手に向けてもかなり良いアピールができた」。“モンスター”はバンタム級最強への道を邁進する。

 

(写真:定番のダブルピースで勝利を喜んだ)

 WBSSでライトフライ級は実施されていないが、拳四朗が自らの拳でアピール。リング上からも「WBSS呼んでもらえたら僕も是非参加するのでよろしくお願いいたします!」と宣言した。

 

 元WBC王者のペドロ・ゲバラ(メキシコ)、ガニガン・ロペス(メキシコ)を下し、防衛ロードを突き進む拳四朗。この日は元IBF王者のメリンドと4度目の防衛戦。メリンドは八重樫東(大橋)を1ラウンドで破り、田口良一(ワタナベ)との統一戦でフルラウンド戦い抜いた強敵である。

 

 試合前から拳四朗が「距離感」をポイントに挙げていたように距離を測りながらの序盤だった。ラウンドを重ねるごとに距離を詰めていき、パンチを当てていく。4ラウンド終了時の公開採点でジャッジ3人が39-36で現WBC王者を支持した。

 

(写真:初戴冠から約1年5カ月。パワーも増した感がある)

 5ラウンド以降は連打も当たるようになり、6ラウンド中にメリンドが左のまぶたをカット。顔が赤く染まった。7ラウンドに入っても拳四朗の優勢が続くと、ラウンド終了間際にレフェリーが試合を止める。ドクターチェックの末、続行は不能と判断した。7ラウンド2分47秒TKOでV4達成だ。

 

 父・寺地永会長は「内容的には圧勝だったと思います。まだまだ4回しか防衛していない。5回、10回と防衛を積んで長期政権を維持したいです」と語る。拳四朗は「具志堅さんの記録(13連続防衛)を抜くぐらいの大物になりたい」と野望を口にした。

 

(文・写真/杉浦泰介)