(写真:「条件が良ければ2時間3分で走れた」と豪語するレゲセ)

 3日、世界陸上競技選手権(9月、カタール・ドーハ)の日本代表選考会兼マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)シリーズ2018‐19を兼ねた東京マラソン2019が行われた。ビルハヌ・レゲセ(エチオピア)が2時間4分48秒で優勝。2位にカロキ(ケニア、横浜DeNA)が2時間6分48秒で、3位にはディクソン・チュンバ(ケニア)が2時間8分44秒で入った。日本人トップは初マラソンの堀尾謙介(中央大学)が2時間10分21秒で5位。堀尾はMGC出場権を獲得した。日本記録保持者の大迫傑(Nike)は途中棄権に終わった。

 

 フィニッシュ地点の東京駅前、ゴール後は選手たちが身体を震わせて戻って来た。国内有数の高速レースに好タイムが期待されたが、寒さがランナーたちを苦しめた。

 

「10年やってきて一番寒い」
 早野忠昭レースディレクター(RD)はそう振り返った。生憎の雨模様の中、レースは行われた。スタート地点の東京都庁前は気温5.7度、湿度は58.6%。降り止まぬ雨は選手から体温を奪い、ボディブローのように体力を奪っていった。バイクに乗ってコース上に出ていた早野RDによれば、「気温より段々冷えていく。手先足先は手袋していても冷えてくる」という。

 

 東京オリンピック前年、今年はその日本代表選考会となるMGCが行われることもあり、例年以上に注目度は高かった。昨年は東京マラソンで設楽悠太(Honda)が16年ぶりの日本記録を更新。10月にはシカゴマラソンで大迫が更に記録を塗り替えた。今大会は既にMGC出場権を取得しているのは大迫、佐藤悠基(日清食品グループ)、中村匠吾(富士通)ら6人が顔を揃え、“MGC前哨戦”の様相も呈していた。

 

 序盤5kmは14分37秒で通過。ペースメーカーを除くと12人で先頭集団を形成した。大迫の日本記録よりも1分以上速いペースだ。30kmまでのペースメーカー、昨年の優勝者・チュンバらアフリカ勢についていった日本人は佐藤、中村、大迫の3人のみだった。10kmは29分9秒、15kmは43分56秒、20kmは58分45秒で通過した。

 

 最初に大迫が遅れ、次に中村が遅れ出す。佐藤も粘ったものの、25km過ぎたあたりで優勝争いはカロキ、チュンバ、レゲセに絞られた。ペースメーカーが外れた30km通過時点ではチュンバが離された。トップを走るカロキとレゲセの一騎打ちになる。レゲセはカロキを突き放しにかかり、その差は35km通過時点で19秒、40km通過は1分16秒も開いた。

 

「少し雨がきつかった。雨と風のせいで思ったようにいかなかった」と言うが、2位に2分差をつける圧勝だった。フィニッシュタイムは2時間4分48秒。「こういう状況でも4分台を出せるのが流石」と早野RDは称えた。悪条件にも関わらず35kmまでは5km通過は14分台を並べた。1人安定した走りでレースを制した。

 

(写真:レースを総括する尾縣専務理事<左>と瀬古プロジェクトリーダー)

「日本人はまだまだ力が足りない。優勝したレゲセ選手は寒い中でああいう走りができる。世界のトップクラス」
 日本陸上競技連盟の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは大会を総括した。日本勢は表彰台争いに絡めなかった。

 

 光明があったとすれば、MGC出場権獲得組か。堀尾のほか、今井正人(トヨタ自動車九州)、藤川拓也(中国電力)、神野大地(セルソース)が新たに切符を手にした。

 

 瀬古プロジェクトリーダーは「最低限の4人」と表情は暗かったが「若い堀尾選手はまだまだ伸びる」と期待を寄せる。マラソン15レース目の34歳の今井には「さすがベテラン」と口にし、マラソン5レース目にして初の1桁順位の神野には「失敗を繰り返したが、苦労してきたことが身になって良かった」と安堵した。藤川についても「(実業団の)監督から2時間6分を出しても不思議じゃない練習をしてきたと聞いていた。その力があってMGCを獲得したと思う」と評価した。

 

(写真:箱根駅伝では花の2区を走って区間5位の堀尾)

 上位進出が期待されたがズルズル順位を下げていく中、堀尾の走りには際立った。主に第2集団にいた堀尾は37km手前で日本人トップに躍り出た。「初マラソン。いけるところまでいってダメだったらダメでしょうがない」。だからといって先頭集団に突っ込んでいくこともなかった。着々とペースを刻み、自らのリズムで走った。最後はペースを落としたが、粘りの走りで日本人トップを守った。

 

 1年越しの初マラソンだった。昨年はエントリーしながら故障で断念した経緯がある。「走りの特徴としてトラックで勝つほどスピードがない。長い距離で押していけるのが持ち味」。中大の藤原正和監督からは「オマエはマラソンのセンスがある」と言われていたという。「前日には『サブテン(2時間10分以内)は絶対いけるからな』と言っていただけました」。恩師からの激励に燃えないはずがない。

 

 レース中は日本人トップに立ったことも気付かなかった。「メンバーがメンバーだったのでMGCはワンチャンあるかなと思っていました」。悪条件のためサブテンには届かなかったが、無欲の走りで現役大学生では初のMGC出場権獲得だ。

 

(文・写真/杉浦泰介)