帝京大学駅伝競走部に所属する4年生の岩佐壱誠は、徳島県那賀町で生まれ育った。この町は高の瀬峡という峡谷や大釜の滝、大轟の滝など景勝地がある。大自然の地に岩佐は生を受けた。

 

 

(2019年5月の原稿を再掲載しています)

 

 岩佐は予定日より約1カ月も早く生まれたため、未熟児だった。母・由香は「小さい頃はよく風邪をひく子でした。小学校に入りだんだん体力がついてきて丈夫に育ってくれました」と胸を撫で下ろす。

 

 岩佐は外で遊ぶのが大好きだった。かけっこや鬼ごっこ、野球、近所に流れる川では石を投げて遊ぶ水切りに夢中だった。「自由気ままに育ててもらった」と岩佐は少年時代を振り返る。田舎ならではの素晴らしい環境でのびのびと育った。

 

 岩佐の通った木頭小学校、木頭中学校では校内マラソン大会があった。岩佐は小学1年生から中学3年まで全て1位だった。それも2位の生徒とかなり差をつけてゴールしていた。本人の言葉をそのまま借りれば「爆走していた(笑)」。母・由香も「結構、余裕な走りをしていました」と振り返る。

 

 また、岩佐は小学2年生から剣道を習っていた。幼少期の頃、体が弱くよく風邪を引いていた岩佐を両親は心配したのだろう。体力強化のために親が剣道を勧めたのだ。剣道を習わせた経緯を母・由香がこう説明した。

 

「体が弱かったので、“心身ともに強くなって欲しい”と思い剣道を習わせたんです。後に進学する木頭中学校には剣道部と卓球部しかないんです。その2つのうち、どちらかの部活動には絶対に入らないということもありました。だから、体力づくりも兼ねて小学校のうちから剣道を始めさせてみようと思いました」

 

 楽しみだったスポーツの秋

 

 意外なのは、剣道を始めたことがきっかけとなり岩佐は駅伝大会に出場することになった。再び母・由香の回想。「小3の時の第1回あひる駅伝。それが校内のマラソン大会以外で初めて出場した大会でした。体力づくりの一環には良いかなと思い、剣道を習っていた他の子供たちと一緒に駅伝チームを作って参加したんです。壱誠は3区を走って区間賞を獲りました」

 

 岩佐が本格的に陸上を始めるのはもう少し後になる。だが、大自然でかけっこを楽しむ少年はこの時から既に長距離ランナーとしての才能の片鱗を見せていたのだ。

 

 走ることの楽しさに目覚めた岩佐。先に触れたように進学した木頭中学校には卓球部と剣道部しかない。当時、全校生徒は約60人。おのずと部活動の数も少なくなる。岩佐は「もし陸上部があれば入っていたと思いますが……。この2つだったら、剣道部でしたね」と剣道を続けた。

 

 そんな岩佐には年に1度、楽しみな時期があった。秋の駅伝シーズンになると、徳島県駅伝に出場するために期間限定の駅伝部が発足される。「県駅伝のだいたい3週間前に朝に走るだけの本当に寄せ集めという感じ。それでも走るのは好きだったので嬉しかった」。中学1年生の時から駅伝部の練習に参加した。初年度は剣道の試合と県駅伝が重なり大会出場の夢は叶わなかった。2年生からは2年連続で1区を走り抜けた。

 

 長距離に詳しい顧問がいないため、グラウンドをひたすら走る練習だった。朝の6時半から7時に学校に集まり、各々のペースで走った。岩佐の感覚的には「5キロくらいは走っていた」という。

 

 岩佐は中学2年生の時に3キロ走で9分30秒を記録した。これに手応えを感じ「もっと走りに打ち込めれば」と、夜に自主的にランニングの時間を設けた。

 

 岩佐は自主練習についてこう、述べた。

「ただぐるぐる走る朝練だけで、3キロを9分半で走れました。“練習さえすればもっといい記録が出せるんじゃないかな”と思って、夜にも走る時間を作りました」

 

 とはいえ、剣道部が“本職”の岩佐に専門的な知識があるはずはない。トレーニングメニューは「家から近くのトンネルまで、結構速いペースで走って帰ってくる」ものだった。彼の置かれた環境面を考慮すれば、感覚に頼るトレーニングになってしまうことは致し方なかった。

 

 高校は絶対、陸上部のあるところに進学する――。この思いだけが彼を支えたのだろう。自主練習は継続した。

 

 徳島には秋に開催される中学県駅伝の他、冬に行われる徳島駅伝16郡市という郡市対抗の大会がある。中学2年の冬、この大会に出場した岩佐に、ある高校が目を付けたのであった。

(第3回につづく)

 

岩佐壱誠(いわさ・いっせい)プロフィール>

1998年2月7日、徳島県那賀町生まれ。徳島科学技術高校進学後、本格的に陸上(長距離)を始める。すぐに頭角を現し、出場した都道府県駅伝、全国高校駅伝では全て1区を担当。16年に帝京大学に入学。1年時より3大駅伝(出雲、全日本、箱根)を走る。箱根では1年時7区。2年時1区。3年時7区。4年時よりキャプテンに就任。2018東京マラソンでは2時間14分でゴール。身長167センチ。体重55キロ。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

 

 

 

 


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