知人から「凄いよ」と勧められ、ネットフリックスで公開されている「マラドーナ・イン・メキシコ」というドキュメンタリーを見た。

 

 なるほど、凄い。今年読んだノンフィクションの中では、新潟の早川史哉が自らの白血病との闘いを綴った「そして歩き出す」(徳間書店)が、プロの狂気や病の地獄をかいま見せてくれた凄い一冊だったが、この「マラドーナ・イン・メキシコ」もまた凄かった。

 

 舞台はメキシコ。麻薬取引が盛んなことで知られる地方都市にある冴えない2部の弱小クラブが、マラドーナを監督として招聘しようと思い立つ。本気で契約を狙ったというよりは、名乗りを上げることでクラブの知名度アップや経済効果を期待したフシもあるのだが、なんと、このオファーにマラドーナが乗る。

 

 引退から四半世紀近くが経つとはいえ、“神の手”が振るわれた国でもあるメキシコにおいて、マラドーナの知名度には圧倒的なものがあった。最下位に喘いでいたチームのファンは狂喜し、「“神”ならば奇跡を起こしてくれる」と期待した。

 

 そして、期待は裏切られなかった。

 

 マラドーナの監督就任と同時に、チームはグングンと順位をあげ、就任時には到底届かないと思われたプレーオフ出場圏内にまで順位をあげる。そして、トーナメントに入っても下馬評を覆し、ついには決勝にまで進出する――。

 

 とまあ、前半のあらすじとしてはそんなところなのだが、東京でのワールドユースからマラドーナを見てきた人間としては、最初から最後まで最高に楽しませてもらった。

 

 現役時代に偉大な実績を残した選手が監督になる場合、かなりの割合で見られるのが「なぜできないんだ!?」と選手たちに不満を抱いてしまうケース。正直、マラドーナもその典型的な例で、ゆえに監督としてあまり成功できないのでは……と思っていたが、これは大間違いだった。

 

 監督としてのマラドーナは、とにかく熱い。無名な選手たちを抱きしめ、褒め、お前たちならできると訴える。笑えるぐらい、技術や戦術について説明する場面はなかったが、それだけでチームはメキメキと強くなっていった。

 

 中でも印象的だったのは、重要な一戦を前にマラドーナが選手たちに言った言葉だった。

 

「命をかけて戦え! これが最後だと思って戦え!」

 

 マラドーナといえば天才。そして天才といえば華麗。だが、マラドーナは掛け値なしの天才でありながら、目の前の一戦に命をかけ、これが最後だと思って戦ってきたのだろう。

 

 だから、マラドーナは凄かったのか。だから、手を使ってまでしても勝とうとしたのか――。

 

 先日、韓国で戦った日本代表選手にはぜひ見てもらいたいし、ある種の人生訓ともいえるドキュメンタリーだった。

 

 自分に置き換えてみる。命をかけて書いているか。これが最後だと思っているか。

 

 いなかった。なので、せめて今回だけは、これが今年最後だと思って書いてみた。みなさま、よいお年を。

 

<この原稿は19年12月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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