4日、日本陸上競技選手権大会・長距離が大阪・ヤンマースタジアム長居で行われた。女子1万mは新谷仁美(積水化学)が30分20秒44の日本新記録で優勝。男子1万mは相澤晃(旭化成)が27分18秒75をマークし、日本記録を更新した。女子5000mは田中希実(豊田織機TC)が15分5秒65で初優勝。3人は五輪参加標準記録突破と今大会の優勝により、同種目の東京オリンピック代表に内定した。

 

 7年前の日本選手権を思い出させる圧倒的な走りだった。対照的だったのはレース後の新谷の表情。2013年の日本選手権は全員を周回遅れにし、大会新記録を更新する31分6秒67で優勝したが、「31分台では世界で勝負にならない」と不満を隠さなかった。今回は18年前の日本記録を塗り替え、30分台をマーク。「久しぶりに自分の中で満足のいくレースができた」と振り返った。

 

 新谷は昨年の世界選手権ドーハ大会で派遣標準記録(31分25秒0)を突破しており、優勝すれば東京オリンピック代表に内定する。今年1月のヒューストンハーフマラソンで日本記録を更新。11月の全日本実業団対抗女子駅伝(クイーンズ駅伝)では3区を走り、区間記録を1分10秒も塗り替えた。10.3kmの区間中、10kmの通過タイムは30分31秒。それは02年に渋井陽子がマークした30分48秒89を上回るものだった。

 

 今季の好調ぶりから優勝候補の大本命に挙げられていたが、日本選手権1万m2連覇中の鍋島莉奈(日本郵政グループ)、東京オリンピックマラソン代表の一山麻緒(ワコール)などがエントリーしており、決して油断はできない。新谷はスタート直前、今にも泣きだしそうな表情で号砲を待った。その姿は5位入賞を果たした03年の世界選手権モスクワ大会のスタート前をダブらせた。

 

 レース序盤は積水化学の同僚・佐藤早也伽が引っ張った。そこに新谷をはじめ、一山、鍋島らがついていった。「佐藤早也伽ちゃんが私のために『最初の2000mはリズムを作ります』と引き受けてくれた。その引っ張りを無駄にはしたくなかった」。新谷は2000m手前で、ペースを上げて先頭に立つと、レースは一山との一騎打ちの様相を呈した。

 

 3000mを通過する前に一山を引き離してからは完全に一人旅となった。前だけを見つめ、力強いストライドで突き進む。レース前に「日本記録を狙う」と公言していた通り、快調なペースを刻み続けた。5000m通過は15分7秒。これがいかに速いペースかは、この日の5000m優勝タイムが15分5秒65ということからもわかる。

 

 依然として一人旅は続く。前をいくランナーたちをどんどん追い抜いていった。彼女の前を走るのは周回遅れとなる選手たちだ。苦しい表情を浮かべながらもペースを崩さず、最後の直線で鍋島、佐藤ら3位グループを抜き去った。7年前と同じ全員とはならなかったが、3位までの19人を周回遅れにする圧巻の走りを見せた。7年ぶりの2度目の日本選手権制覇。東京オリンピック代表の座を手にした。

 

 フィニッシュタイムは30分20秒44。従来の日本記録を28秒45も塗り替えた。このタイムは新谷自身が11位に終わった昨年の世界選手権ドーハ大会であれば2位に相当する。世界歴代記録で見ても22位に入る記録だ。世界を見据える彼女にとっても納得のいくタイムだ。

「トラックの長距離種目は世界との差が大きく、難しく考えられがち。日本も今の時代の進化に合わせ、私たち選手が成長しなければ意味がない。新たなスタートに立てて良かった」

 

 帰ってきたトラックの女王。世界に挑む気概をまざまざと見せつけた。

 

(文/杉浦泰介)