10月29日、デンバー国際空港でのこと――。
 ワールドシリーズの取材を前日に終えた筆者は、コロラドからニューヨークへのフライトを待っていた。すると背後から、レッドソックスファンの男性の電話口での話し声が聴こえて来た。
「第4戦の9回裏には、まだ何か悪いことが起こるんじゃないかと気が気じゃなかったよ。レッドソックスファンの悲しい性だ。だけど、何もないまま試合は終わった。どうやらこのチームは変わったようだね……」
(写真:ワールドシリーズ終了直後のフィールドで満足そうに葉巻を吸うジョン・ヘンリー・オーナーとその息子)
 かつては86年も世界一から見放され「呪われたクラブ」と言われたレッドソックス。しかし前記したファンの言葉通り、ここ数年間でこのチームを包む空気は完全に変化した感がある。
 今年のワールドシリーズではロッキーズに圧倒的なスイープ勝利。これで2004年に続き、この4年間で2度目の王座獲得だ。試合内容的にも盤石で、破竹の勢いでここまで辿り着いたロッキーズをまるで相手にしなかった。
 先発投手陣はジョシュ・ベケットを大エースに、松坂大輔、カート・シリングが続き安定感たっぷり。ブルペンにもジョナサン・パペルボン、岡島秀樹の両輪が君臨してスキはなかった。
 野手を見ても、デビッド・オルティス、マニー・ラミレスを軸に、マイク・ローウェル、ダスティン・ペドロイア、ケビン・ユーキリスといったくせ者が周囲を取り囲む。この豪華メンバーをまとめるべく、ジェイソン・バリテックのリーダーシップは現代MLBで随一である。
(写真:MVPを獲得したマイク・ローウェル(右)らの活躍でレッドソックスはワールドシリーズを制覇。新時代の幕開けか? (C)Courtesy of BostonGlove)
 優勝したのだから当たり前なのだが、こうして見て行くと今季のレッドソックスは本当に様々な意味でバランスの取れた素晴らしいロースターを誇っていた。そして、さらに何より重要なのは、彼らのこの強さは今後しばらく続きそうだということである。

(写真:大黒柱ジョシュ・ベケットの存在はチームの強力な屋台骨となった)
 ペドロ・マルチネス、ジョニー・デーモンといったベテランの知己に頼って頂点に立った04年と違い、現在のレッドソックスは数年先まで睨みながら構成されたチームに思える。
 オルティス、ラミレスの迫力は脅威だが、今秋もこのベテラン2人に頼り切って相手投手を打ち崩した訳では決してない。プレーオフの緊張感の中で、ペドロイア、ジェイコビー・エルスベリーといった若手が頭角を現し、見事な成長を遂げた。それゆえに、新旧が入り交じり、豪軟が上手く融合された攻撃戦術をとることが可能になったのだ。
「ウチは若い選手や、よそからトレードされて来た選手たちにとっても適応がし易いチームだと思うよ。経験豊富なベテランたちが、そういった雰囲気を意識してクラブハウスに作り上げているのさ」
 今回のワールドシリーズでMVPを獲得したローウェルはそう語っている。そのローウェルは今オフにFAになるが、ボストン残留が濃厚。彼を含めたリーダーたちが背後から支えている限り、来季以降もボストンでは若いタレントたちが生き生きと表舞台に躍り出てくることだろう。
 投手陣にしても、メジャー1年目の疲労に苦しんだ松坂は来季は間違いなくより良い投球を見せるはず。シリングこそ退団の可能性が高いが、ジョン・レスター、クレイ・バックホルツといったローテーション入りも有望なルーキーたちが虎視眈々とブレイクの日を待っている。
 そして、こういった好バランスのチーム作りを可能にしたのは、リーグ屈指の優れた首脳陣である。オーナーのジョン・ヘンリー氏は、好選手を獲得するためならヤンキースに負けないほどの投資を厭わない。人事を統括するセオ・エプスタインGMの選手を見る目の確かさは、もうMLBの誰もが認める所だろう。さらに現場をまとめるテリー・フランコーナ監督は、今シーズン終盤に岡島やバックホルツを休ませる大胆策でハートの強さを証明してみせた。
 組織内の上から下まで、現在のレッドソックスには見事な好循環が生まれている。チーム作りに一貫性がなく、プレーオフでの戦い&オフ戦線の両方で迷走を続ける宿敵ヤンキースとは対照的。過去長年の実績を考慮外とすれば、レッドソックスとヤンキースの上下関係は現時点ですでに逆転したと言って良いだろう。

(写真:コロラドまで足を運んだ多くのボストンファンは新時代の誕生を目撃したのか?)
 もう「呪い」はない。執念深いバンビーノ(ベーブ・ルースの愛称)もとうに安眠した。金はある。組織力もある。主力選手たちは修羅場での貴重な経験を積み上げて来た。そして若手タレントも順調に育っている。そんなレッドソックスの行く手には、まさに洋々の未来が広がっている。
 驀進を始めたチームをさらに強化すべく、エプスタインGMは今オフにはどんな手腕を駆使してくれるのか。日本で開幕する来季は、どんな逞しい戦いをレッドソックスの兵たちは見せてくれるのか。
MLBに、レッドソックスを中心とした時代が始まろうとしている。「呪い」を乗り越えてついに迎えた「芳醇の日々」は、ボストンの地に今後随分と長い間続いて行きそうな気配なのだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
◎バックナンバーはこちらから