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Author Archives: 田崎健太 - Page 2

田崎健太「国境なきフットボール」

第104回 希望を胸に恩師の元へ…… ~松原良香Vol.12~

 2001年シーズン途中、松原良香はJ1のアビスパ福岡に加わった。 福岡には元日本代表の三浦泰年、後に日本代表にも選出されるフォワードの山下芳輝などが所属していた。前年の2000年シーズン、アルゼンチ
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第103回 移籍とはタイミングや巡り合わせ ~松原良香Vol.11~

 元ブラジル代表の故・ソクラテスがぼくにこう教えてくれたことがある。「移籍というのは、結婚と同じだよ。選手もそれぞれ個性があり、受け入れる側のクラブにも事情がある。どんなにいい選手であっても、必ず移籍
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第102回 代理人とのすれ違い ~松原良香Vol.10~

 言葉、風習の違う国へ移籍する場合、鍵となるのは代理人である。 代理人の職務は、選手と代理人契約を結び、選手の代わりにクラブと交渉して契約をまとめることだ。契約成立の暁には、契約金あるいは年俸から一定
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第101回 躓きの始まり ~松原良香Vol.9~

 98年のシーズン、松原良香は所属していたジュビロ磐田で1試合も出場機会がなかった。そこで松原は日本を出ることにした。頭に浮かんだのは欧州だった。 まず磐田にいた外国人選手に欧州のクラブに強い代理人を
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第100回 栄光と堕落 ~松原良香Vol.8~

 1996年夏、アトランタ五輪代表が日本に戻った日の成田空港は大騒ぎだった。 到着ロビーの2階通路まで二重三重の人垣ができ、500人を越える人間が待ちかまえていた。揃いのスーツを着た松原良香たち五輪代
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第99回 アトランタ五輪の衝撃 ~松原良香Vol.7~

 1996年3月、マレーシアでアトランタ五輪最終予選が始まった。8カ国が2グループに分かれ、上位2カ国が準決勝に進出。その4カ国のうち3カ国に五輪出場権が与えられた。 日本代表はイラク、オマーン、UA
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第98回 世界を見据えた五輪予選 ~松原良香Vol.6~

 松原良香にとってJリーグ2年目、1995年シーズンは、ふわふわした居心地の悪いものだった。 監督だったオランダ人のハンス・オフトとはそりが合わなかったと松原は振り返る。「ぼくは監督とコミュニケーショ
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第97回 スキラッチ、ドゥンガの凄さ 松原良香Vol.5

 1993年は日本サッカーにとって、歓喜と悔しさの涙が混じり合った熱狂の嵐の中にいた1年だったといえる。 この年の5月、プロリーグであるJリーグが始まっている。開幕戦となったヴェルディ川崎と横浜マリノ
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第96回 山本昌邦の導き 〜松原良香Vol.4〜

 松原良香は阪南大学を3日で退学した後、高校の同級生だった白井博幸の部屋に転がり込んだ。白井は東海第一高校を卒業した後、清水エスパルスに加入していた。何もせず、ごろごろしていた松原に白井も次第に呆れ、
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第95回 落ちこぼれ寸前の若き日々 〜松原良香Vol.3〜

 プロのサッカー選手は子どもの憧れの職業である――。 とはいえ、本人がどれだけ努力しても、あるいは、親が熱を上げて金や時間をかけたとしても、プロの壁を越えることは簡単ではない。才能はもちろん、運や縁が
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