西川吉野は2020年春、金蘭会高校の最上級生として新チームを引っ張る存在となった。“住み慣れた”アウトサイドヒッター(OH)、エースポジションのレフトに戻った。チームキャプテンはリベロの西崎愛菜だったが、常にコートに立てないポジションのためゲームキャプテンは西川が任された。

 

 無冠に終わった前年度から気持ちを新たに、全国制覇を目指す1年がスタートするはずだった。だが新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、3月から休校、部活動は休止を余儀なくされてしまったのだ。

 

 さらに4月には夏の全国高校総合体育大会(インターハイ)中止が発表され、その後、秋の国民体育大会は延期(2020年度の開催は取り止め)となった。目標がないのはつらいものだ。西川は実家の徳島に帰り、悶々とした日々を送った。

「それまでは毎日のように練習してきたけど、急にできなくなり、やりきれない思いになりました」

 

 それでも心折れることはなかった「辞めたいよりも、早くバレーボールをやりたいという思いが強かったです」。自粛期間中は監督やコーチ、トレーナーのアドバイスを仰ぎながら、自主トレーニングに励んだ。ようやく休校が終わり、分散登校となり部活動も徐々に再開されていった。

 

 目標もできた。全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称・春高バレーが無事開催されることが決まったのだ。金蘭会は秋の大阪府代表決定戦で勝ち上がり、10年連続10回目の本戦出場を決めた。年が明けた1月、全国52校による高校日本一決定戦が東京体育館で行われた。

 

 金蘭会は初戦(2回戦)、3回戦とストレート勝ちを収めたものの、準々決勝でこの大会を制する岡山の就実に敗れた。「優勝を目指していたので悔しかったですが、自分的には、やりきったという思いもありました」と西川。春高バレー8強という結果は、彼女が在学中最低の成績となってしまったが、大会を開催されたことに対する感謝、そしてそこにチャレンジすることができた喜びが胸にあったのも事実だった。

 

 卒業後もバレーボールを続けることを考えていた西川は、V.LEAGUEの名門・東レアローズ入団を決意する。

「試合を観させていただいた時、コートの中にいる選手はもちろんですが、ベンチにいる選手、スタッフが一緒になって戦っている姿に魅力を感じました。それが東レを選んだ理由です」

 

 金蘭会高校監督の池条義則氏によれば、東レの西川獲得は越谷章監督たっての希望だったという。越谷監督は西川を1年時から注目しており、スカウトにチェックさせていた。それほど期待を寄せていた選手だけあって、高校卒業前の3月、東レの内定選手としてV1cup4試合に起用した。

 

 デビュー戦をソツなくこなした西川に越谷監督は舌を巻いた。

「ほとんど身体を動かしていない状況で、ある程度のプレーができるのはすごいと感じましたね。なかなか高卒からいきなり試合で力を発揮するのは難しい。それができるのは一握り。やはり良いものを持っているなと思いました」

 

 7月に行われたVサマーリーグ西部大会には全5試合でスタメン出場を果たした。「1日に数試合やるなどハードなスケジュールを経験できた」と西川。V1cupと共に、重ねていくひとつひとつの経験が彼女の血となり、肉となっているはずだ。

 

「ラッキーガールになれる」

 

 今年10月15日、V.LEAGUE2021-22シーズンが開幕した。東レはヴィクトリーナ姫路と対戦し、セットカウント3対1で開幕戦を白星で飾った。翌16日は3対0のストレートで2連勝。チームは幸先良いスタートを切った。開幕前、越谷監督は「どこのポジションに入れてもすぐに対応できる選手」と西川を評していた。彼女は2試合ともにライトで途中出場。主にセッターとの二枚替えで起用された。

「事前の練習試合でも二枚替えで起用されていました。いつでも出られるように準備をしていました」

 

 プレー時間は決して長くはなかったが、いずれの試合も得点を決めた。リーグデビュー戦では、第2セットでコートに入るなり、キレのあるスパイクを決めてリーグ戦初得点を挙げた。「途中から出るということはチームの雰囲気を変える役割があると思います。負けている流れが悪い状態の時にでも起用されるようにならなければいけません」

 開幕2戦を見る限りでは、慎重に起用されているように映った。

 

 翌週のNECレッドロケッツ戦は1勝1敗だったが、ピンチブロッカーとしても起用されるなど西川のプレー機会は確実に増えている。開幕前には東京オリンピックに出場した黒後愛が休養を発表していた。「本人の負担にならないように、いつでも帰ってこられるように。自分もチャンスがあれば、もっと頑張りたいと思っています」と西川。先輩を気遣いつつ、自身がチームの力になれるよう意欲的に取り組んでいる。

 

 指揮官からすれば、彼女のブレイクが待たれるところだ。越谷監督はこう語る。

「リーグ戦は長いので、ラッキーガールが出てくるとチームの勢いも出てくる。それに西川はなれる。持っている雰囲気も含めスター性もある。そのためには途中出場で光るものを見せ、チャンスをモノにできるかが重要」

 徳島から発掘された原石は、光り輝く宝石になるために磨きをかけられている最中だ。厳しい言い方をすれば、真の原石か否かふるいにかけられていると見ることもできる。

 

 OHには黒後と同じ東京オリンピックで全日本に選ばれた石川真佑、昨季得点王のヤナ・クラン(アゼルバイジャン)らがいる。ポジションを争うライバルであり、“生きた教材”が目の前にあることは、彼女にとっては大きな刺激になっているだろう。

「真佑さんやヤナは苦しい場面で決め切ってくれる信頼感がある。プレーだけでなく声掛けでもチームを勢いづけてくれている。そういうところは自分にも足りていないところだと思っています」

 ここまでの試合を観ていても、2人のエースに自然とボールは集まる。それがエースの宿命であり、2人が積み上げてきた信頼の証でもある。西川が同等の立ち位置にいくためには、練習や試合で信頼をひとつひとつの積み重ねていくしか術はない。

 

 これまで西川はユース代表などアンダーカテゴリーの日本代表には選出されてきたが、トップカテゴリーの全日本にはまだ選出されたことはない。本人の想いは、いかばかりか。

「なりたいという気持ちはあるのですが、代表選手と自分を比較した時にそこまでのレベルにいっていない。実力がまだまだ足りない。『代表入りを目指している』と胸を張って言えるように、もっと頑張らないといけないと思っています」

 アタックもレシーブも、パワーもテクニックもメンタルも。西川はすべてにおいてレベルアップが必要だと見ている。その道のりは決して容易いものではない。

 

 今回話を聞いた西川の2人の恩師(富田中学時代の大野圭一郎氏、金蘭会高校時代の池条氏)は、彼女の行く末に期待を寄せている。池条氏は「アンダーカテゴリーの代表で中心選手としてやっていたわけやから、V.LEAGUEでも頑張って欲しい」とエールを送る。越谷監督を含め、2人の恩師は期待値を込め、いずれ全日本に食い込むだけのポテンシャルは十分にあるという。

 

 感情をわかりやすく表に出すタイプではない。だが、プレーヤーとして欲がないかというと、そんなことはない。そうでなければ、V.LEAGUEの強豪に進むことはないはずだ。一見おっとりしているように映るが、あまり目立たない負けん気の強さは越谷監督がこう証言する。

「“やられたらやり返す”というところがある。悔しさをはっきりと顔には出しませんが、それはちょっとした仕草に垣間見えますね」

 

 コートにいれば、自然と視線を送ってしまう不思議な魅力がある。パリオリンピックまであと3年。本人が言うように、まだ実力的には全日本に及ばない。だが、まだ19歳。伸びしろは十二分にあるはずだ。全日本女子に明るい光をもたらす選手として、彼女の名を推したいと思う。

 

(おわり)

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西川吉野(にしかわ・よしの)プロフィール>

2002年9月10日、徳島県徳島市出身。ポジションはアウトサイドヒッター。小学2年でバレーボールを始める。富田中学3年時にはJOCジュニアオリンピックカップの徳島県代表に選出され、大会最優秀選手賞にあたるJOC・JVAカップを受賞した。大阪・金蘭会高校に進むと、全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高バレー)など全国大会で上位に入った。アンダーカテゴリーの日本代表には、18年U-17、19年U-18に選出されている。18年のアジアユース選手権では主将を務め、大会優勝に貢献。大会MVPとベストアウトサイドスパイカーに選ばれた。19年にはU-18世界選手権に出場し、5位に入った。身長178cm。最高到達点300cm。背番号16。

 

(文/杉浦泰介、写真/©TORAY ARROWS)

 


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