山下叶夢(東洋大レスリング部/香川県高松市出身)最終回「笑顔の裏に見え隠れする“負けず嫌い”」

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 2023年春、山下叶夢は東洋大学レスリング部の門を叩いた。同大には2学年上の兄が通っていた。また入学前から知る前田翔吾がコーチ(当時、現・監督)に就任していたことも進学を決めた理由のひとつだった。

 

 しかし、山下は当初、東洋大に馴染めなかった。環境云々というより、彼女の性格が人見知りだったことが原因だ。高松北は中高一貫校、高松レスリングクラブ時代から数えれば人生のほとんどの時間をレスリング仲間たちと過ごしてきた。ある意味、“家族”のような存在。その慣れ親しんだ“家族”から離れたわけだから、実の兄が通う大学とはいえ、ほぼ一から人間関係を構築していかなければならない。
「マジで人見知りが出まくっていましたね。全然仲良くなれなかった。話しかけることができず、今思えば仲良くなってしまえば、こんなに楽しいのに、当時の自分にはできなかったんです」

 

 ホームシックにこそならなかったものの、入学してすぐの頃は高松北高の後輩と頻繁に連絡を取っていたという。とはいえ、部員間にはレスリングという共通項がある。道場に通っていくうちに自然と打ち解けていった。

「最初の方は練習に行っても楽しくなかったので、行きたくなかった。でも今は練習に来た方が楽しいです」

 それは東洋大学総合スポーツセンター内にあるレスリング場を訪れた際に、部員たちと談笑する山下の姿からも窺えた。

 

 レスリング面では1年時に23年の全日本選手権女子57kgで3位入賞、翌年の明治杯全日本選抜選手権大会の同階級でも3位に入った。U20アジア選手権は連覇(23年=55kg、24年=59kg級)。順調に結果を残しているように映るが、上を見れば自分より成績を残している人がいる。彼女からすれば、“100点満点”とは言えなかったのだろう。

 

 U20アジア選手権後、本人曰く「騙し騙し」やっていたという左肩の手術に踏み切ったのは、今後を見越してのものだ。術後はそれまで積極的には取り組んでこなかったウエイトトレーニングにも力を入れた。フルスクワットでのMAX重量は80kg。「そのおかげで構えが安定した気がします」。低い姿勢を保てる土台を構築した。

 

 復帰後は4月のジュニアクイーンズカップU23の部、今月の世界選手権の代表選考を兼ねた明治杯全日本選抜レスリング選手権大会女子57kg級に出場した。前者は1勝1敗、後者は2戦2敗だった。

 

 敗れた相手はいずれも実力者揃い。ジュニアクイーンズカップの決勝はパリオリンピック女子53kg級金メダリストの藤波朱理(日本体育大学4年)、全日本選抜は昨年の世界選手権女子59kg級銅メダリストの徳原姫花(自衛隊体育学校)、今年3月のアジア選手権を制した屶網(なたみ)さら(KeePer技研)だった。

 

「まずは日本一」

 復帰2大会目の全日本選抜では徳原と対戦し、0-8と為す術なく敗れたが、徳原が決勝に進んだため、山下は翌日の3位決定戦へとコマを進めた。上位選手が集う全日本選抜。3位決定戦と言えど、屶網という強敵が待っていた。昨年の女子57kg級全日本選手権優勝者である。その強敵相手に第1ピリオドで5-2とリードしてみせたのだから、山下のポテンシャルの高さが窺い知れる。しかし、後半は6-7とひっくり返され、最後は残り時間33秒のところでフォール負けを喫した。

 

 2人とも公式戦初対決だったが、手応えを掴んでないわけではない。実は山下、大会1カ月前に扁桃炎を患い、そこから体調を悪化させてしまっていた。練習に戻ったのは大会2週間足らず。「自然と体重が落ちていたので、特に減量せず臨めました」と本人は明るく語ったが、「追い込む時期に追い込めなかった」ことで万全な状態ではなかったのだ。

 

「大会前の練習で少しスランプ入っていたので、“大丈夫かな”と思っていたんですが、大丈夫でした」

「国内トップ級相手にもボコボコにされなかった」

 自虐的にも捉えられるようなコメントだが、試合前後やインターバル中も笑顔が見られるなど、明るい表情が目立った。

 

 それほど大会を迎えるまで不安だったのだろう。だが大会後には、「やっぱり勝たないと楽しくないですよね。やっている方も観ている方も」と本音もチラリ。「フィジカルの差を感じたので、もっと鍛えないといけない」と次戦に向け、反省点を挙げた。

 

 山下は現在大学3年生。一般の大学生ならば、“就活”がスタートする頃だが、彼女はレスリングで結果を残すことが、就職先へのアピールとなる。

「とりあえず、これからの結果次第で、就職できるか否かが決まってきます。とりあえず今年1年頑張ってどうなるか」

 

 直近の出場予定は、まずは8月に控える文部科学大臣全日本学生レスリング選手権大会(インカレ)だ。高3の全国高校総合体育大会(インターハイ)以来の全国制覇を目指す。その先のシニアの日本一を目標に掲げる。
「全日本や全日本選抜で優勝することが目標です。そこで優勝できれば、どの全国大会の規模の試合でも優勝できる実力、自信がつくと思う。一番大きい大会で優勝したい思いはあります」

 

 大きな夢は望まない。まずは一歩、一歩である。「上ばっかり見ていても、叶えられない。まずは日本で優勝し、世界大会に出て、世界大会で優勝する。そうやってオリンピックの枠に入り込めたらなと思っています」。よく笑う21歳のレスラー。笑顔の裏には、“負けず嫌い”が見え隠れする。

 

(おわり)
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山下叶夢(やました・かのん)プロフィール>

2004年5月11日、香川県高松市出身。レスリングクラブで監督とコーチを務める両親の影響で競技を始める。小学1年生から全国少年少女レスリング選手権大会で5連覇を達成した。高松北中学では全国中学選抜選手権の50kg級で優勝。高松北高校3年時には全国高校総合体育大会57kg級を制した。23年にはクリッパン国際大会の同級で優勝。U20アジア選手権は23年(55kg級)、24年(59kg級)と連覇した。天皇杯全日本選手権で2度(22年=55kg級、23年=57kg級)、明治杯全日本選抜選手権大会が2度(22、24年=いずれも57kg級)身長153cm。趣味はアニメ鑑賞。好きなアーティストは、嵐とちゃんみな。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

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